スミレとぼくと。

+スミレについて+

Twitter_ブログ用スミレ.jpg


実は、ボクはTwitterである。カタカナで言えばツイッター。小鳥がさえずることを英語でTwit /トウィットというのだが、それからきているネーミングで、日本では「つぶやき」などと意訳されている。要は、ツイッターに登録すると、そこに自分の木がもてて、そこには巣箱(ポスト)があると考えればいい。木の枝にとまって、テキトーにるあらゆる鳥たちが140字以内という制約の中で、さえずっている。よくメディアに登場する精神科医の香山リカ氏ほか、多くの人たちが、ツイッターを無意味というか、そのもてはやされることに違和感を感じてか、反ツイッター論を表明している。


だが、それらには何の意味もない。なんとなれば、人気があることに対して理解する術がなく、また肌に馴染めないことを理由に違和感をああだこうだと表明したり、単にあら探し的なことをしているだけだからである。別段、世の中のすべてのことが理解できなくてもいいのに、精神科医は、ことヒトの営みとなると、なにかしらコメントしなくてはいけないようなのだ。好き嫌いでいえばキライと言えば済むことなのだけれど、それでは済まない業界らしい。中には理論武装までして否定する向きもいるようで、実にご苦労様としか言いようがない。音楽のジャンルみたいなものとして受け止めればいいだけの話である。


ボクの場合は、ツイッターには大いに助けられた。さらに言えば、実際にオフともいうべき実世界で会って気が合い、仲良くなり、結果的に新しい友人ができたこともあるのだ。しかし、それよりもなによりも、ツィッターは、自ら内に秘める、あるいは吐き出したいこと、伝えたいことを、さえずる自由がある。そんなさえずりなりつぶやきを、同じ木の近い枝にとまっている他の鳥たちが、そうだそうだと言って近寄ってくることもあるし、そこで出会いがあったり、素朴な疑問や、小さな、しかし本人にとってみれば深い悩みがいとも簡単に解決できてしまったりもする。個人的な公開メモともいうべき道具としても機能する。


ブッチの輸入を開始し、この仕事という船が、まだ新品とはいえ、手漕ぎの木製の小舟で、それを海に浮かべ、航海に出るときなど、実のところ、それはそれは心細かった。やったるでという気概はあっても、はたしてどうなるのか。はやいとこ船外機がつけられるようになるのか、その前に、新たな漕ぎ手はやってきてくれるのだろうか、船のどこかに穴があって水漏れがしないか、それで沈没しないか等々、いろいろな悩みや思いが交錯する。そして、それは知らず知らずのあいだにプレッシャーとなって心の中に重く感じられてくる。

そんなとき、ふと知ったツイッターでピーチクパーチクと鳴いてみたら、あちこちから、励ましのお声がかかってきた。そして、気づけば、仕事上での貴重なアドバイスをもらえたり、その結果としてツイッターそのものにブッチとしてコーポレートアカウントをもて、そこで製品の優秀性等々を思い切り、不特定多数に発信することができるようになった。ドッグフードとキャッドフードの会社なので、当然、つぶやきたい相手は、愛犬家そして愛猫家となる。


ところが、コトはいい意味でそうはならない。自分のつぶやき(鳴き声)に反応するのは、かつて犬猫を飼っていたことのある人、そして未来の愛犬家や愛猫家やイヌネコには興味はないけれど、このボクに興味をもってくれる人たちまで含まれる。そんな多様性が面白いところで、そんな方々がいろいろと気を遣ってもらえ、門外漢、あるいは専門外ゆえの視点からの貴重なアイデアや情報を寄越してくれたりするようになった。


ツイッターでは、特定のつぶやく人の発言を追う「フォロワー」がいて、それは自分自身で取捨選択できる。そんなフォロワーの中で、愛犬や愛猫と暮らしている人たちを主にお相手しているボクのような者もいれば、このフォロワー数を増やすことだけに執念を燃やされている向きもいる。ツイッターを批判する向きは、そういう人たちのことを引き合いに出して
ああだこうだと言うが、そんなことは、このユニークなコミュニケーションツールのほんの一面に過ぎない。ツイッターは、あらゆる意味で社会資本のようなものだと思う。感性と情報、そしてコミュニケーションと記録の、使いでのある道具なのである。やってみればわかるので、まだお試しになっていない方がいれば、ぜひともお勧めしたい。合わないな、と思えばヤメればいいだけのことだ。


さて、そんなツイッターでは、このブログの更新情報も発信してお伝えしている。そして、そこではさまざまな愛犬家や愛猫家のお仲間ツイッターさんたちから、いろいろと質問をされたりもする。ツイッターには、特定の相手だけに私信を送ることのできるDM(ダイレクトメール)の機能もあるので、個人レベルでのコミュニケーション、仕事においてはカスタマーケアもできる。そんなお仲間さんからきになる質問と意見を求める声があったので、今回は、そのトップ3を取り上げてお答えしたい。


落胆するクリちゃん.jpg

3位:ドライドッグフードはなぜよくないのか?

サイト内での記述に重複する部分もあるけれど、そのことを気にせずにお答えすると、まずは、ドライフードは「イヌネコのため」ではなく「ヒトの文明生活における簡易性」のために考えられ、発展してきたものであるということを認識する必要があること。言いかえれば、彼らのためではなく、飼い主がラクをするためにあるものだということ。そのため、ドライフードは、犬や猫たちにいろいろな無理を強いている。また、それはかれらに文明の弊害や現代病とも言うべき災いももたらしている。

具体的に言えば、ドライフードは、イヌネコの消化吸収系にやさしくない。イヌネコにとって、消化吸収上、きわめて重要なポイントのひとつに、食物そのものに含まれている水分量がある。それは生肉とほぼ同じ70%なのだけど、ドライフードは10%ほどしかない。さらに、ドライフードを含む缶入りやパウチ入りの一般的なペットフードと同様に高温で処理されているので、どうしても栄養(消化酵素やその活性化をするものも含む)素の損失が起きる。それを補うために事前に多めの栄養素が配合され、また食欲を刺激するためのドライフードにはその最終工程で脂質(=脂肪)の噴き付けが行なわれる。その結果、カロリーの高い、消化器系に負担のかかる食べ物となる。


それだけではない。脂質を噴き付ける際には、脂質を加熱するため、その時点から脂質の酸化がはじまる。したがって酸化防止剤の使用は避けられない。さらに、コスト重視であるがゆえに、それは原材料の品質に反映される。その結果として、毒物と言ってもいい異物の混入事件もあり、07年には、米国、カナダ、そしてアルゼンチンの各国でペットの大量死というとんでもない事件も発生している。それは本来たっぷりと含まれているべき動物性蛋白質の質にも反映されていることは、言うまでもない。そんなあれこれを心配して厳選していくと、ドライフードでもそれなりの高い値段しか選択の余地がなくなってくる。


それはきわめてナンセンスなことで、なんとなれば、文明生活における飼い主の簡便性の追求という、ペットへの思いやりは、二の次のままであり、水分含有量の低さと言うもおんだいも解決されないままにあるからだ。質のよい肉よりも高くつくドライフードなど、取り扱いの簡便さを正当化すること意外にどんな意味があるのかとさえ思う。そうまでしてドライフード高級化をしても意味なかろうというのが、ボクの思うところだ。どんな自然のものでも酸化を防止するというものには、それなりの「強度」がある。ほとんどのドライフード・ユーザーは、袋の開け口をきっちり閉めている人もいるが、まったく無頓着な人たちもいる。それでもドライフードは食べられる状態にあるというのは、その不自然なまでの「強度」が発揮されている証拠だ。ナチュラル派だから、毒もナチュラルで、とトリカブトを使うことなんてないワケで、そんな「強度」にボクは、一抹の不安を感じるのだ。


スミレ笑う2.jpg

2位:かわいいスミレちゃんをバカ犬呼ばわりするんですか?

これはもう、謙譲の精神(ココロ)みたいなもので、自分の子供や家族を「愚かな」とへりくだり、「愚妻」とか「愚息」というのと同じであると解釈していただきたい。自分の子供をバカ息子、バカ娘と言うのと同じで、そこには大きな愛・LOVEがあると受け止めていただきたい。可愛いがための「バカ」呼ばわりで、ホントにそう思っているワケではない(ともいえないときもあるけれど、まあない)と理解していただきたい。

この指摘は、意外と多く、中には「なんならうちでお引き取りしましょうか」とか、「うちで面倒見てあげます」というものまであった。そんなこんなでバカ犬をしばし封印していたのだが、過日、ふと使ってしまったところ、「また言ってる!」、「スミレちゃんが可哀想!」という反応が即座に返ってきた。大抵は同じメンツだが、過日はそれに新手の方々も増えていたので驚いた。

皆様、スミレは、ボクら夫婦にとっては、わが子のように可愛い、娘も同然の存在です。とはいえ、ヒトの世界に起き変えて言えば、ある日突然、ガングロ(まあ子犬の頃はもっとそうでしたが)のメイクで渋谷の交番に補導されたようなコトをしでかしたりもするので、そういったときに、たまたまバカ娘呼ばわりしてしまった、みたいなことなのでありまする。ということで、ここはひとつ、そのようにご理解いただきたく、よろしくね。


シャンパンで出航式.jpg

1位:起業するとどんな苦労があるのか?

これはもう、想像できるありとあらゆることに加え、想像外のことまでいろいろと起こり、ひとことで言えば、けっしてラクなことではありません。もっと、まとめて言えば、大変だよ、ということです。


でも、それは状況とモノの考えようで、大きく変わってきます。大変なことは大変でも、それがやりたいことで、それをやると決心していれば、やりがいがあることでもあるので、その大変さには耐えられるはずです。ましてや、それを起ち上げる際に、投資家を含むあらゆる協力者たちの存在があれば、ヘコたれることなどできません。第一、それは自分のために、家族のために、何らかの目的があってはじめることなので、大変やらヘコタレルことがあっても、負けてなるモノかと踏ん張るしかない。


無論、大変過ぎてアゴがあがることは幾度もあったし、これからもあると思う。ないとは言えない。けれど、それはジェネレーションギャップによることであったり、ロケットが重力に打ち勝って宇宙へと進んでいくときの燃料消費みたいなものと思ってやり過ごすしかない。正直なところ、朝の十時が夜の十時に感じたことなど何回もあったし、それはそれでキツかった。でも、自分の不得手な分野に通じている協力者がいれば、道は開けるし、そのときはウンザリするほど大変な思いをしても、それらのことは、おおむね時間が解決してくれる。ああ、あのときは本当に大変だったなあと思い起こすだけで、それはそれで思い出となる。それをよきものにするか、しないかだけだ。


wood_boat_01.jpg


ブッチ・ジャパンという船は、まだ数少ない船員しかいない、木製の手漕ぎのボートだ。でも、ボクは、それに船外機がつき、より大きく安全な燃料タンクがつき、そして、よりしっかりとした大波にもビクともしない船体になっていくであろうことを信じている。ブッチが、そしてブッチによっていまがあるスミレとボクが、そう信じさせてくれている。そんな思いをもてることがあれば、それに賭けてみる気持ちがあれば、やってみる価値はあると思う。けれど、大変な思いをせずにラクショーでと思い願うのは勝手だが、そうはならないと思っていたほうが賢明だとは申し上げておきたい。


日本は、真によきものという確信が得られれば、それは受け入れられる。安ければイイという米国的なメンタリティが蔓延しつつあると言われる向きもいるけれど、冷静な目で見るかぎり、賢明な、そして犬や猫との暮らしを送る、心の広い日本人であれば、ブッチのよさは理解してもらえると思っているし、そう信じている。そして、なにより、すでにそう理解していただいている多くのお客さんたちとも出会えている。当初、その多くは、顔の見えない、しかし言葉や行間に込められた思いを感じ取ってくれたツイッターのフォロワーさんたちだったことを付け加えておきたい。


ボクにとって、彼らは単なるフォロワーではない、製品とボクを信じてくれた、いわばサポーターさんたちなのだ。この場を借りて、ボクはツィッターでボクをフォローし、いろいろな形で交流をし、励ましてくれた皆さんに感謝したい。

cruise_ship.jpg







Sumire_upclose.jpg

奥さんの実家でひと暴れというか、普段顔を合わせない面々に思い切り甘やかされ、たっぷりと遊んでもらい、おネム顔となったスミレである。奥さんの実家には、大きくて立派なこたつがあり、そこに下半身を突っ込んでのおねむ状態だ。

みなさま、久々のブログのアップです。多忙を理由に遅れ遅れになっていのは、ハイ、私のせいです。スミマセン。ということで、これからも毎週1〜2回くらいのペースで動物好きの犬好きゆえ、あげくのはてにドッグフードの輸入販売まではじめてしまったボクと、そのきっかけをつくったスミレとの仕事や私事でのあれこれをお送りします。

さて、最近あちこちでよく聞かれることといえば、とにかくスミレのことばかり。具体的には、ブッチを与えはじめてから今日までの体調面でのこと。これは、まあわかる。でもそこでは終わらない。同じくらいにスミレとボクのことも聞かれる。たとえばスミレがどういう性<格で、どんなふうに暮らしているのか。その日常は、どのようなものなのかといったことである。なんだか家族の中に駆け出しのアイドルがいて、行く先々でそのことを聞かれる親兄弟のような気分である。ほかには、たまにブログに登場していただいた犬たちとその飼い主さんたちと同じ悩みを抱える方々から、あのナントカちゃんのご様子は、その後いかがかということもよく聞かれる。

スミレの人気ぶりは、このブログを読んでくださっているみなさん、そしてツイッターでのつぶやき(Twitだから、本来の意は「鳥のさえずり」だけどね)の常連さんたちにとっては絶大で、営業先でも、「営業<部長(スミレのことだ)さんは?」とか「次回は、部長さんもいらっしゃってくれますよね」とか言われる始末だ。まあ、テレビのCMの影響とはいえ白い北海道犬が全国的な人気者となり、携帯電話以外のイベントや何やらで引っ張りだこという時代なのだから、さもありなんなのかもしれない。なにはともあれ、スミレは、おかげさまでとても元気にしている。

Sumire_on_mirror.jpg

ということで仕事の取引先での顔見世興行のために車中の人ならぬ犬となったスミレである。疾走感が好きなようで、ときおりクゥンと鳴いては、窓を開けてくれとせがむ。英国の有名な愛犬家の犬との暮らしを綴った本によると、犬はクルマに乗った際、風を受けることを疾走感として楽しむらしい。ちなみに、その愛犬家は女性で、本が出版されたのは50年代で、登場するクルマはオープントップの木型スポーツカーだ。虫が目に入ったりすることもあるので、犬用のゴグル(なんてものがあるのだ)を購入する予定だ。けれど、装着してくれるかどうかが心配だ。

ところで、話は少々脱線するが、生物学では同じ種の生物は、環境的に過酷なより寒い地方であればあるほど、大型化するとされている。同じ種でも、エネルギーを、体力をより多くたくわえられる、大きくて強い体躯にならないと生き延びられない、という理由からだ。たぶん、スミレは、それを見事に証明していると思う。なんとなれば、お散歩タイムのピークの時間帯なら柴犬だけでも10頭以上は集まる近所の広い公園でも、スミレより大きな柴犬は1頭しかいないからだ。

ことガタイのデカさにおいて、スミレより大きな柴は、たったの1頭しかいない。し かも1位から8位まではスミレ以外、全部オスなのだ。さしずめ、男女に関係なく背の高 さ順にクラスの全員を並ばせたとき、うしろから2番目にいる女子がスミレなのだ。

Raku_chang02.jpg

その男女混成による背の高い順の列で唯一、スミレの背後に立つ男子がこのラクちゃんだ。なかなかにワイルドで強面風な苦みばしったハンサム君だ。でも見た目とは異なり、とても大人しく優しい黒柴男児で、どうやらスミレの意中の男子の一人ならぬ一匹らしい。

スミレをしてもっともよく言われるのが「大きいわね」で、多少の配慮があると「立派ね」となる。人間の女性で、背中を叩かれて立派ねと言われるのは、たぶんレスリングの浜口選手でも複雑な気分になるはずだ。でも犬だから平気、平気。ボクは、父親のアニマル浜口のごとく、そうなんですよと返しながら、笑うのみである。そんなボクを見上げて、ときたまスミレは心外そうな顔をするときがあるが、まあ、気のせいだろう。

スミレが大きいのは、本ブログの「元姫君のお姫さま」の回に登場した赤柴の姫ちゃんとのツーショット写真を見れば一目瞭然だ。姫ちゃんは、日本犬保存会の定めるところの柴犬の体高やら体重の標準スペック通りのお手本的サイズにある。つまりが、姫ちゃんは、柴犬界のミスコンに出場できるということだ。

そんな姫ちゃんに対し、スミレは、その約倍くらいはある...ように見える。本ブログの「DKNYならぬにZKNYのカズちゃん」の回では、身長180をゆうに超えるカズちゃんという大男に抱かれてのツーショットが最後に出ているのだが、それを見てもしかりで、スミレの大きさを基準として見ると、彼が中肉中背に見えてしまう。

ドライフードの内容物としか考えられないことが原因で消化器系に深刻な不良状態がおきたスミレを、まるで病気のわが子を甘やかすがごとくの育て方をしたボクだが、そんなスミレに「規律」とおぼしきものを教え込んだ、というかその観念を最終的に、しっかりと植え付けてくれたのは、たぶんカズちゃんだ。2頭のシュナウザー犬と22匹のカメ、そして一人の妻(あたりまえだ)と暮らすカズちゃんのことをたぶん、スミレはボクよりも一目置いているのかもしれない。クヤシイが、これは事実なのだ。スミレにとってカズちゃんは、いわばおっかないけど優しい、親戚のおじさんみたいなものなのだろう

スミレのファンであると言われる方で、実際に会われたみなさんは、必ずといっていいほど、「なんて大人しいんでしょう」と言われる。たしかにスミレは、静かな部類に入るのかもしれない。無駄吠えをするとすれば、喪服姿、もしくは黒でコーディネートした服装の人、そして近所にある宅配ピザ業者のキッチンとそこから出入りする配達のバイクに対してだけと言っても過言ではないくらいだ。その際に吠えるといっても、狂ったようにではなく、ごく軽くである。とはいえ、その体格ゆえか、お前は和田アキ子かと、思わず突っ込みを入れたくなるくらいドスの効いた低音である。気弱なタイプでないかぎり、柴犬をはじめとする日本犬は、とても大人しい犬種だと思う。あまり困らされる状況に陥ることはない。

とはいえ、そういうことも、ままある。仕事を家に持ち帰り、十分に相手をしてやれなかったりすると、タオルやら靴下やら、ときには奥さんの下着やらをくわえてきては、それを見せて挑発してくる。くわえているので声は発しないが、目は明らかに「ヘッヘッヘッヘ」と笑っている。そうでなければ、油断しているフリをする。体調を崩していた頃のスミレは、愛犬家としては、たまにはしてほしい、そんなヤンチャなイタズラごとも、そうそうできる状態にはなかった。だから、それができるようになったのも元気になった証とばかりに、それをやってくれるたびに、いかにもコノヤロウというフリをして挑発に応じていた。

Tag_the_miton.jpg

やられた、と思ったときは、時すでに遅しである。上は、必要なところで、見事なまでのタイミングで料理用のミトンをせしめたときのスミレだ。この日、夫婦で早朝から出かけて留守番をさせたあげく、きちんと帰宅の挨拶をしなかったツケでもある。下は、脱いだ靴下をせしめ、その交換にと差し出されたドッグミルクを使って作った特製ババロアのおすそ分けを前にハムレット化するスミレである。

Sumire_the_Hamlet.jpg

この状況下で、いかにもというベタな演技で、うれしさ半分、うろたえ半分を装って乗ってあげたりしていたら、かまってほしいとなるとスグ獲物をくわえてくるようになってしまった。しばらくしたら、調子に乗って大事な楽器をかじられたりもした。いずれはきちんとしなければとは考えていたので、元気になってしばらくしてから、挑発に一切、乗らないようにした。すると、「つまんないな」という不満そうな顔をして大人しくなり、最後にはフテくされて寝てしまう。でも、タオルやら下着類は、しっかりと頭の下に敷いたままにしていたりするのだ。

その当初、スミレの消化器系の不良状態があれほどまで悪化していくとは露ほどにも思わなかった頃のことをたまに思い出す。ぐったりとしたスミレを抱き、、獣医医院を目指して暗い夜道を走る悪夢を見たのも、一度や二度ではない。それは、ボクが幼い頃、父がそうしたことを聞かされたことが記憶にあるからなのかもしれない。足に合わない大きすぎるスリッパを履いてパタパタと走り回っていた幼いボクは、それでつんのめり、頭部を何かの角に強打し、流血して気を失ったことがあるそうで、それを見た父は、何も履かずに、ボクを抱き上げて医師のもとへ全速力で走って行ったそうだ。

そして、いま、こうしてスミレを救ってくれることとなったブッチを皆さんのお手元に届け、そして愛犬や愛猫の健康の維持や回復の役に立てていることを、同じ一人の動物好き、愛犬家として、とてもうれしく思っている今日この頃である。

まだ木造、しかも手漕ぎなので、その航行速度はとても遅い。また大波を受けると大きく揺れる。とはいえ、愛犬家や愛猫家の皆さんに感謝され、支持されることで、このちっぽけな船は、その船体をよりしっかりとしたものにし、帆を張り、船外機を積んでスピードをあげられるようになるのだから、やりがいがあるというものだ。営業部長という肩書きのあるスミレは、いま、ボクのデスクの横で眠そうにしている。それを見ているだけでも、ボクの心は安らぐ。何はともあれ、いまの彼女には、これといった問題もなく、とりあえずは幸せそうだ。

Sumire_blink.jpg

若者向け雑誌のキャプションなら「バチコンッ」とでも書かれそうなくらい見事なウィンクを決めてくれたスミレ。というのはウソで単なる偶然の産物だ。ボクのデジカメは、相当に古い型の製品なので反応が遅く、ここぞというときの瞬間が撮れないから悲しい。でも、これは最新のであっても意図的に撮るには無理に近い一瞬だ。

元姫と姫.jpg

いささか旧聞に属する話だが、日本がバブル経済時代のまっただ中にある頃、ボクは、ハリウッドの某所にあるサウンドステージにいて、そこで日本のTVCFの撮影現場を見学していた。サウンドステージとは、映画の撮影所にあるデカイ体育館のような撮影用のスタジオで、外部の音はしっかりと遮音された、木の床で照明用のバトンが天井から吊られている広い舞台空間だけの、いわば内部がすべてオン・ステージの建物だ。そこにセットが組まれ、照明が灯され、撮影が行われるのだ。

そのTVCFは、某製薬会社のドリンク剤のだったか、ビタミン錠剤のもので、その頃、人気絶頂だった宮沢りえちゃんとハリウッドの大人気スターを起用したものだった。そういえば、ああ、あれかと思われる方もいることだろう。そのハリウッドスターは、肉体美というかマッチョさが売りの俳優で、いまはハリウッドのある州の知事さんをしている。

撮影が終わり、そのスターが葉巻をくわえてスタジオを去ろうとしていたときのこと。われわれの横を通り過ぎるとき、彼は「Good bye fellows!」と言って通り過ぎようとした。ボクは、小学生時代に英国にいたことがあり、そのとき、このスターと同じオーストリア人のクラスメートがいた。彼もお父さんの仕事のカンケーでドイツだかオーストリアからやってきていたのだが、その姓の正しい発音の仕方と意味するところを教わったことを覚えていたの、それで彼の別れの挨拶に応えた。

立ち去ろうとするスターの背後から「さようなら、シュワルツェンエッガーさん」と声をかけたのだ。もうこれでバレバレだが、炭酸水の音みたいなシュワちゃんと日本で呼ばれることの多い彼は、そこでピタリと立ち止まると、こちらを振り返り、ゆっくりとやってきて、手を差し出した。そして握手をしながら言った。「いやあ、久々にちゃんとした発音で名前を呼ばれたなあ。よく知ってるな、オーストリアにいたことでもあるのかい?」。常にサクリャーと呼ばれていたところ、久々にイントネーションも正しくサクライと呼ばれたようなものだったのだろう。その気持ちはボクにもよくわかる。

そこで、知っている理由を話し、黒いプラムだかなんだかいう意味では、と問うと、「そうそう、あと黒毛の馬の発情って意味もあるんだ、ガッハッハッハ」と豪快に笑いながら、また機会があったら会って話そうと言い、ベニスビーチにある自分のレストランのカードを渡して去っていった。彼は、けっこうな商売人なのである。あとでそのレストランに行ってみたら、ターミネーターのポスターが張ってありしていて、さらには彼自身がシーティングホスト、つまりがテーブル案内係をしていた。彼は、サービス精神旺盛でもあるのだ。残念ながら、知事の業務に多忙なためか、シャッチという彼の愛称からとられた名の、ベニスのメイン・ストリートにあったそのレストランはもうない。

Schatzi_logo.jpegschatzi_on_main.jpg

前置きが長くなったが、そんなシュワさんと話をした際、気づいたのは、彼の背の低いことだった。正直、180くらいはあるのかなくらいに思ってたのだが、身長177のボクのほうが上から目線なのだ。どう見ても170あるかないか、あっても172くらいに見えた。あとでわかったことなのだが、ミスター・ユニバースとかの世界では、ドッグショーにおける犬の規定体高と同様、標準として好もしい身長というのがあるのである。

そりゃそうだろう。165cmから2メートル級までさまざまな身長差のエントリーがあっては、より正確な評価をすることは難しい。元ミスター・ユニバースでもあるわけだから、彼が、その規定身長内であることはまちがいない。で、それはどれくらいかというと、170cm前後なのだ。彼の公式プロフィールによると、公称は189cmとある。それはイメージ的なことで気持ちはわかるが、いくらなんでもサバの読み過ぎである。

ここでようやく犬の話になるのだが、天然記念物に指定されている柴犬の、日本犬保存会という社団法人団体による規定を見ると、メスの体高は35〜38cmのあいだでベストは36cm。体重はというと、7〜9kgとある。これが、柴犬界における、八千草薫、吉永小百合(ボクのトシは、バレバレである)であり、ソフトバンクのCMでおなじみの上戸彩なのだ。

これに対し、スミレの体高は、40cm+、そして体重は、最近ダイエットの甲斐あって減ったが、それでも14kgもある。犬にとっての身長ともいうべき体高もスタンダードよりはあるとはいえ、体重で6割増しとなると、ちょっとなあ、である。でもデブじゃあないんだよ。いずれにせよスミレはデカイ。ヒトのメスの有名どころで言えば、和田アキ子級である。しかし、断じて北斗晶ではない。なんとなれば、北斗は、重そうだが、そんなにデカクはないからだ。まあ年齢的に見れば浜崎京子ちゃんてとこかな。

で、今回ご紹介する、いわゆる赤柴の姫(ヒメ)ちゃんは、そんな柴犬界の上戸彩的な理想体高、理想体重のカワイ子ちゃんだ。スミレと並ぶと、その小ささ、可憐さがはえる。飼い主のM山さんもしかり。小柄で細身で、上品かつ可憐な奥様だ。ティーンエイジャーの頃は、さぞかしお姫様的オーラを発していたであろうと推察される。姫ちゃんは、そんな元姫のお姫様なのである。こうして並べてよく見ると、やっぱりスミレはデカイな。でも見方によっては、純粋な柴犬は小さい、とも言える。スミレにも、紫色の和紙に印刷された日本犬保存会発行の血統書があるにはある。幼犬時代の栄養状態と出身地が寒い地方だとこうなる、との説もあるのだ。

スミレとヒメ@歩道.jpg
スミレとヒメ@芝生.jpg

やっぱりデカイな、スミレ。下のほうの写真を見ると、ゴツクも見える。このあいだは、もみあげがゴルゴ13みたいね、とか言われたしな。でもわが夫婦にとっては可愛い愛娘だ 。スミレをよく見ると、並べて写真撮るなという顔をしているようにも見える。

それはさておき、姫ちゃんは現在8歳で、2歳の頃に発症したアトピーがあって、しょっちゅうカイカイ状態になる。カカイとは、かユイカユイ、の意味だ。それを食の改善によって、少しでも楽にさせられないだろうかと、Mさんは、ドッグフードの旅で出ておられた。そして、人を介してボクを通じてブッチを入手して試してみたのだ。アトピーとは、正確にはアトピー性皮膚炎といい、先天性の過敏症の一種である。「不特定」を意味するギリシャ語のアトポスからその名があり、その原因は、内的なものだが外的な要因に端を発するとの説が強い。いずれにせよ、これにかかるとかゆいことで気持ちが落ち着かなくなり、毛も抜け、また抜けたところの皮膚の色もよくない。

アトピーは、プライマリ・ケア、平たく言えば、長い目で見る、生涯の付き合いを前提とした取り組みが必要とも言われる厄介なものである。姫ちゃんは、いまはそれが足に出ていて、調子が悪いとカイカイになる。でも調子がいいときは、痒さもあまり気にならなくなるらしい。それを食事でとなると、人間でもその効果は「不確実」なのだから、どうなるかというところだ。しかも、元姫君のほうは、いまもお仕事をなさっているので、フードのホームメイドもままならない。できても効果的なものかどうかもわからない。下の写真のお腹の色、そして右後ろ足のヒザ頭の部分を見るとアトピー特有の皮膚の色が見て取れる。

ヒメちゃん@芝生.jpg

そこでブッチをいろいろと試してみたところ、ホワイト・レーベルだと調子いい状態が続いているように見受けられた。そこで、M山さんは、ホワイト・レーベルの食事で様子を見てみることにした。聞けば、最近は、あまりカイカイが出ないそうである。これまで6年間もそのことに悩まされてきているのだから、なにはともあれ、症状がすこしでも緩和されたとの報せは喜ばしい。直接的な効果はわからないにせよ、消化器系に負担のかからない、栄養バランスに優れた食事がとれれば、体内のエネルギーは、別なことへの対処に振り向けられることができるはずだから、役に立つ可能性は十分にあるのだ。

そんなこんなで、現在、元姫君の姫ちゃんは、元気にしている。スミレは、そのルックスに嫉妬してか、姫ちゃんを前にすると、少々ワイルドな形で遊びへの誘い方をする。それはまるで、可憐な乙女が、デカい女からプロレスごっこをしようぜと誘われている風にも見える。とはいえ、あれだけ弱ってハラハラさせていたスミレが、ブッチのおかげでこのように育ち、元気なのだから文句なしである。スミレは、ボクたち夫婦の娘も同然なの。いかんせん、彼女にとっては普通の吠え声が妙にドスに効いたものであるのが気になるところだ。だから和田アキ子が出てくるんだが...。

スミレ&ヒメちゃん逆光.jpg

スミレはじっとしているのが不得手なようだ。ようやく訪れたシャッターチャンスでもこれだ。というか、ボクのカメラが古くて反応が遅いのかもしれないのだが。こういうタイプは、通知表に落ち着きがない、とか書かれてしまうんだよな。

aucklandpark_03.jpg


前回は、日本の「食」に悩むミニチュア・シュナウザーの問題解決編だったが、今回は、再びNZに戻って、現地の犬事情についてをお送りしたい。以前にも書いたかどうか確かではないが、世界の各国、とりわけ先進国と呼ばれている国々には、SPCAというNPOがある。NPOとは、法的に「特定非営利活動法人」というもので、平たく言えば、特定の目的をもちつつも、それによる利益を追求しない団体のことを指す。資金は寄付等によってまかなうが、それを利益として追求することのない、特定の目的をもった団体、という意味である。

SPCAとは、英語でSociety of People against Cruelty for Animals、直訳すれば動物への虐待に反対する人々の団体、転じて動物愛護団体を意味する。対象は動物全般だが、力を入れているのは、絶滅種とヒトに身近なイヌネコである。SPCAインターナショナルと銘打たれたその本部は、米国のワシントンD.C.にある。そして他国のSPCAは、それぞれ独立した形をとりながらも本部と連携している、言わば支部的な存在であ。それはNZにもあって、その本部は同国最大の都市であるオークランドにある。その名称はSPCA Aucklandといって、同国内には、その支部であるシェルターを含む事務所が20カ所以上ある。また季刊だが、立派な機関誌を発行している。有名なところではPeTAというのもあるが、こっちは暴力も辞さずの過激派で、毛皮を着ている人にペンキをかけたりといった行動で知られる。米FBIにテロリストと認定されている某団体の資金源とも目されている。その点、SPCAは穏健派で保護活動も実践派ある。PeTAは、シェルター等の運営は一切していない。

animal's_voice_cover.jpg

上は、その季刊の機関誌であるanimals' voiceで、summer 2009-10とある。そう、彼の地は南半球の国だから、季節が逆となり、年を越しての夏になるのだ。SPCA Aucklandはは、NZ国内に10カ所以上のシェルター施設をもち、ブッチ本社では、ブッチの愛用者と共にフードの無料支給支援活動をしている。

NZは、国旗の中にユニオンジャックがあることでもわかるとおり、英国連邦の一員である。英国連邦といえばペット先進国であるという印象が強い。実際のところ、英国には穏健派から過激派まで、SPCA以外にもペットの愛護団体のNPOがいくつもあるくらいだ。とはいえ、残念ながら、そんなペット先進国でも主役は業の深い人間であるゆえ、どんなにSPCAが頑張ろうと、動物に対する虐待行為は常に存在する。犬猫が捨てられ、ろくに食べ物を与えられないということが彼の地でも起きているのだ。そこは日本となんら変わるところはない。されど、彼の地の社会では、ペットとはいえ「命あるもの」であるとの認識がしっかりと根付いている。対する日本ではどうか。生命ではなく器物扱いされているのが現状である。

英連邦の中心である英国では、犬猫は、基本的にブリーダーから譲り受けなければならない、という決まりがある。だからペットショップに行っても子犬や子猫はいない。高層住宅の場合、正確なところは忘れたが、たしか5階か6階以上のフロアに居住する者は飼ってはならないという法律すらある。NZは、そこいらが英国とは、少々異なるので、ペットショップでも子犬や子猫が買える。しかも、ショーでの実績をとやかく言わなければ、その命のお値段は、日本に比べてはるかにお手頃だ。

そんなNZでは、よほどのところでないかぎり、公園等で犬にリード(正しい英語名はリーシュ)が付けられているところを見たことがない。なんとなれば、そのような規制がないからだ。リードが不要であるのは、それなりのしつけなりトレーニングがされていることが前提、という考えが当たり前のことなのだ。それは、人に迷惑をかけない、かける恐れがきわめて低い、ということでもある。さらに犬連れでない人も、犬の扱いになれている。とはいえ、場所によってはリードの着用は必要で、そういっった場所には、きちんとそうする旨の看板が立てられている。

でも、そこはそれ、犬社会のこととなると、それはそれで、ときたまいさかい等の問題は生じる。でも、だからといって、日本の飼い主のような過剰反応はしない。よほどの事態でないかぎり、噛まれて怪我したといって警察を呼ぶなんてことは、まず起きない。言いかえれば、犬猫とのペットライフに関してNZは、日本よりもはるかに成熟している国なのである。下の剣呑な状態も飼い主の一喝で、渋々ながらも収まっていたし、収まらない場合は、飼主が引き離し、ついでにとそれを機会に躾もしていた。

dog_fighting.jpg

動物の生命をきちんと命として認識し、愛護する対象とするNZにおける社会認識は、SPCAオークランドの設立された年を知るだけでもわかる。なんと19世紀の末なのだ。海外の、その世界においては、いまやブランド化しているといっても過言ではないSPCAだが、日本はその有無だけを見ても1世紀以上の違いがある。ブランドとは、また大げさなと思われるかもしれない。が、実際そうなのだからしょうがない。それにはちゃんとした理由があるのだ。

海外では、慈善を含む、国によって認定された特定目的でのチャリティ、寄付金については免税扱いにされる国々が少なくない。そういった国では、SPCAに対する寄付行為がその対象となっている。ゆえにSPCAへの寄付行為は、企業イメージを向上させるのにきわめて効果的であり、各国のSPCAは、大口の寄付をしてくれる企業を特定スポンサーとして、その名を公表している。そして、それらの中には、有名な日系企業の名がズラリと並んでいる。そこに自社のロゴがあることは、企業として名誉であり、尊敬されることなのだ。SPCAは、動物愛護団体における国際的ブランドとなっているというのは、そういうことゆえなのである。

ボクは、SPCA Aucklandの会長さんを含む面々と、当地を訪れていた米国のASPCAおよび全世界にある同組織の統括を担当するSPCA Internationalの方々をお会いし、夕食を共にしつついろいろと伺ったことがある。日本にはSPCAがない。しかし、あるべきだ。 いま、各地で独力で頑張っている各シェルターの支援のためにも必要だ。そのことを相談したところ、SPCA Internationalに認定されるSPCAを名乗る団体であるかぎり、それはNPOであるのは必須だと言われ、その理由を説かれた。実に明快な説明で、とてもよく理解でき、納得もできた。

ところが、最近になって、日本にSPCA日本を名乗る団体が登場した。しかし、同団体は、NPOでもなんでもなく、なんと社団法人である。つまりがSPCA Internationalからは認定されないのだ。問い合わせてみたところ、主宰者らしきオバサマが、「(設立に当たり)行政書士の先生が(社)のほうが設立しやすく、NPOは考えたことがなかったが、活動実績を積めばあとで(NPOに)なることもできると言われた」との実に眠たい回答が返ってきた。眠たいというのは、わかってない、という意味である。別な言い方をすれば、SPCAとしての運営ノウハウを海外のSPCAに相談をしたこともなく、したがって運営ノウハウも知らない、ということだ。しかしこのSPCA日本、企業への寄付要請活動は、熱心にやっているようだ。事務所の運営費や人件費といった固定費に寄付金が消えてしまわないことを願うばかりだ。

話をNZの犬たちに戻そう。ボクは、現地を訪れた際、時間を作っては緑の多い公園に足を運ぶ。また必ずシープドッグたちにお目にかかれる畜産農家にも立ち寄るようにしている。NZの公園は、ペットとペットオーナー以外にとっても天国である。木も多く、芝生もサッカーのピッチのようで、フッカフカの居心地満点である。犬たちは、そこで自由を満喫している。そんな公園の中では、剣呑な状態になっている犬たちもいれば、ご機嫌な仲良しグループもいる。芝生も、日比谷公園のように「芝生に入ってはいけません」みたいな野暮な立て札もない。あるのは、隣接する住宅地や幼児の遊び場、あるいは特定の公的施設のある区域によっては「リード着用」との表示があるだけだ。

dogs_on_lead.JPG

周囲は交通量の多い道路で近くには老人ホームと病院、そして大学がある。隣接した公園は、どれも犬を放すには、向いていない広さ。ということで、その一帯は、リードの使用が義務づけられている、これはそれを示すオークランド市の看板だ。

そんなペット先進国のNZで、意外なことも知った。それは、とある牧畜農家にお邪魔したときのことで、そこではペットと働く犬とのあいだに明確な線が引かれているのだった。そしてそれは、働くシープドッグとペットの犬の両方がいる農家では、どこも同じの当たり前で常識的なことでもあったのだった。それは何かと言えば、働き手のほうのシープドッグは、飼い主の住居の中には入れないのである。寝るのも、休むのも家の外なのだ。とはいえ、ちゃんと居心地のよい小屋なり納屋が用意されている。働く犬が家に入ることが許されるのは、引退後のことなのだ。

ところで、牧羊犬の仕事は楽ではない。追っかけ回し、グループにまとめて移動させてと言うのは簡単だが、あれだけ多いと向こう気の強い羊もいて、反撃もくらったりすることもあるのだ。さらに、まとめて進ませる方向は、牧場主の笛の音ひとつで瞬時に判断される。でもそれを嬉々としてやっている彼らを見ると、この犬種をペットにするなら、飼主にも、それなりの覚悟が求められるとボクは思った。働くDNAがあるのに、それをヌカれた運動の少ない生活を強いられるのは、けっしてその犬種にとっては幸せではないからだ。働く犬、NZにおいてその代表的な存在と言えるシープドッグたちは、誇りもある。引退して飼主の家で惰眠をむさぼれる状況になっても、仕事をしようとし、仕事がしたいと鳴いて訴えるそうだ。

羊と対峙.jpg
羊の反撃.jpg

いっぽうのペットの犬は、住居の中に入れるし、家の中で寝る。彼の地では、それが当たり前のことなのだ。犬も犬で、そういう世界に生きているので、それが何かしらのトラブルの原因になることもない。ひとことで言えば、そういうものなのである。そんな世界を見ていると、いわゆる群れの中での順位という概念は、ペットとしての犬のいる家庭においても同様と考えられている日本の風潮に違和感を感じさせる。犬は群れで生きる動物であり、群れにリーダーがいることにまちがいはない。けれど、そこんはヒトの視点から見た常識とか感情論が入り込む余地はないのだ。日本では、なんでもおセンチ、あるいはセンチメンタリズムで片付けられてしまう傾向が強く、それが勘違いの原因になっているようである。

実際に、家族の誰かしらがペットの犬に「目下」となめられる、または軽んじられる存在となるケースがあることは考えられる。でも群れにおけるリーダーうんぬんのコンセプトは、それをそのまま家庭にも延長できるのかどうかについては、どうか。NZでの現状を見ると、これまで言われ続けてきた日本での考え方が受け入れにくいとも感じるのだ。

要は、家庭、あるいは犬との生活の中での規律のあり方である。そこにのっけから群れという概念だけを持ち出すのは、わかりやすいようで、その本質からズレることが生じる恐れがあるような気にもさせられるのだ。言いかえれば、それは犬を含めての家族の問題のあり方ではなかろうか。犬を含めた生活の場での規律のあり方、とでも言うべきか。犬や猫を飼う、というよりは犬と暮らす、猫と暮らすかという根本的な考え方の出発点にズレなり、違いがあるような気がするのだが、いかがだろうか。誤解を恐れずに言えば、犬との暮らしの中での順位を考えるとすれば、1に規律、2に運動、そして3に愛情がくるべきで、ペット先進国では、それが常識に近いレベルで認識されている。日本ではどうか、往々にして愛情がトップにあって、規律と運動がなおざりにされてはいまいか。と、オクは感じてしまうのだ。

公園では、犬と家族が楽しくも穏やかな時間を過ごし、畜産農家では、仕事においては欠かせない有能な従業員として牧羊犬たちが活躍している。牧羊犬に多いのはボーダーコリーだが、中にはシェトランドシープドッグもいる。そして珍しいところでは、モスコウ(日本での表記でいえばモスクワだ)シープドッグなんていう、ジャーマンシェパードの兄貴分みたいなのもいる。兄貴分といっても、言ってみればバスケをやっている長男坊で、ジャーマンのほうは文系の三男坊という感じである。それは一見すれば、すぐにわかる。

Lab&Moscow.jpg

この状態にならんで伏せした状態で待ってもらうには骨を折った。左のラブは、相当に大きなほうである。なのに、モスコウ・シープドッグは、かくもというくらい大きいのだ。遊んでいるうちに、ちょいとハメをはずされたときは、大変な思いをさせられたボクであった。

一般的なジャーマンシェパードを文系の三男坊というのは、モスコウのほうがはるかに大柄だからだ。ある農場にいたペットのラブラドールも相当に大きかったが、モスコウ・シープドッグは、それをはるかに凌駕するデカさなのだ。やはり、生物学的にいうところの「同種であれば、より寒いところのほうが大型化する」というのは本当のようだ。うちのスミレも寒い地方出身だからか、日本犬保存会の定める天然記念物としての柴のメスの標準を大きく超えている。言ってみれば、柴犬界の和田アキ子という感じだ。

そんなワケで、スミレは、柴犬としては手応えのあるサイズだが、ボクと奥さんの愛娘も同然の存在である。そんなスミレが、あれだけやせ細り、弱っていたのが、これほどまでに回復してくれたのもブッチのおかげだ。こうして、このブログが皆さんに読まれることとなっているのも、その苦労を乗り越え、また別な山々を越えてやってこれたからだ。そうして海にたどりつき、木製の手漕ぎの小舟で出航したばかりで、まだまだ時化や嵐も体験していくことになるのだろうが、いずれは船外機もつけ、船体もよりしっかりとしたものにして行きたいと思っている。

今回の最後に、NZで出会った犬の飼い主たちにフードのことを聞いてみたら、やはりブッチをはじめとする、チルドされたロールフードを利用している人のほうがドライの利用者よりもはるかに多かった。羊たちを追っている最中にそうそう水を飲める機会はない。となれば、食物に含有される水分量が重要になってくるのは道理である。ドライは、水分量があまりにみ少ないので、一時的に脱水症状に似た体調になるじゃないか、とそう一般の飼主さんに言われたときにはビックリした。でもって、それを補うだけの十分な両の水を飲んでくれるかと言うと、そうでもないというのも問題なのだ。

と、いろいろと書いたが、犬好きなら、NZへドッグウォッチングの旅に行ってみるのも一興ではないだろうか。日本とNZとでは、検疫上の優遇措置も多いので、愛犬を連れていくことも、そう難しいことではないはずだ。またそれは逆もあり、ということでもある。ところで、下の写真は、健康を回復し、すくすくと育ったスミレの2歳の誕生日のスペシャルディナーで、両面をさらりと焼いたNZビーフのステーキディナーをサーブしたときの写真だ。軽く焼いたのは、そのほうが風味がグンと上がるからだ。スミレは、ペロリンと下を出し、そしてそれをペロリとたいらげた。

スミレ&ステーキ.jpg

何も出ない嘔吐.jpg

何も出ない嘔吐をするスミレ。健康状態は、かなり回復していたものの、クセになっているのか、実際に嘔吐感を感じてのものか、ときおり、このような状態になることもしばいばだった。うれしいことに、いまはほとんどない。

講義2日目の朝は、ベッドではなく床にうつぶせで寝たものの、それ以降は前日のごとくはじまった。違うのは、女性陣が先に来ていて、すでにブレクファストを終えようとしているところだった。同じ席につくべきか、それとも見つかりにくい別な席につくべきかと思案していた所、おせっかいなウェイターが、ボンドさま、お連れ様がお先にお見えです、と言っているのがわれつぃまうと逃げ場がない。そしたら、早くこっちにいらっしゃいと先生に手招きされた。断るのもなんなので、同席した。

どう、復習はした? 予習もできてる? と、おっとりと聞かれた。お姉様は、ボクの顔についている辞書のヘリの部分が当たってヘコンだあとを指で不思議そうになぞっている。年を食うと、こうなるのだ。お姉様ではなくボクのことだ。ピチピチさを失ったぶんだけ、辞書を開いた際にできる谷間に顔をうずめて寝た跡がなかなか消えてくれない。その跡をお姉様は、無言でなぞる。まあ、ちゃんとお勉強はしていたみたいね、それはいいことよ。と言いながら先生はほめてくれた。

「あのね、あなたのス、ス、」

『スミレです、Sue-Me-Ray(レイ、アタシを訴えてよ、ともとれる)と発音します。意味は花のヴァイオレットのことです』

そう言うと、先生は、んまぁ〜ステキなお名前ねと言い、お姉様も同様にうなずいた。

『レイ、アタシを訴えてよ、と覚えるといいです。スゥミと呼んでます』

「そんなことはどうでもいいの。あなたの宝石のようなスミはね、まちがいなく消化器系か腎臓系の疾患で、それはドライフードの酸化防止剤、あるいは中国と米国のバカ共の製品が最重要容疑者で、離乳後から長いあいだかかってそうなったものなの。けっこういるの、そういう子が。で、あなたはホームメイドのフードに切り替えて対処したのね」

『そうです、本やらネットやらで調べて、こちらのほうが明らかにベターだと思うものを作って与えました』

「で、どう変わった? よくなった?」

『ええ、かなり改善されたと思います。けだるさが以前ほどではないですから。とはいえ、 たまに嘔吐するみたいなことをして、その後はグッタリとなって横になって、何かに耐え るような顔をして、寝ます。そうするしかないみたいに。』

「そうね、同じような症状はこれまで沢山見てきているから、わかるわ。たぶんドライドッ グフードのある成分が合わなかったのね。ドライの場合は、消化することだけで体力を奪われてしまう。まずは体内の水分を奪われて、軽い脱水症状みないになる。で、そのあとに水を飲んでくれても、十分な量ではないの。いくら 栄養バランスがいいと言われても、油の染みたドーナツみたいなものばかりを食べさせられているような状態だったのだから...可哀想に」

嘔吐感の後の虚脱.jpg

胃に何もないとき、たまにだが急な嘔吐感に襲われ、そのあとの虚脱感でになるだけのスミレ。これは回復しているときにもまま起こった。当初これが起きるとボクは、相当にビビった。触れられるのもイヤそうにするので、ただただ見守るしかなかった。

この後、スミレについてのヒアリングは続いたのだが、昨日の息切れ状態を考え、腹も猛烈に減っていたので、朝食はしっかりと食べておいた。オーダーしたのはイングリッシュ・ブレクファストだ。英国風ソーセージ(薫製していない、その名の通り、セージの香りも高い逸品だ。ソーは豚肉のことだ)に卵2個、焼いたトマトに豆、マッシュルームと相当にパワフルな朝食メニューだ。カロリーはかなり多めだが、今日は、燃料切れを起こしたくなかったのだ。

english_breakfast.jpg

このときの会話の中でお二人に大いに呆れられたことといえば、茶碗(ボウルと説明した)一杯のドライドッグフードをスープと共に食べたら、それはつらかったと言ったときだった。先生は、何かとても哀れなものを見るような目つきとなり、お姉様は寅さんの行状に呆れる義兄の前田吟のように首を左右に振った。まあ、ごもっともな反応だと思った。お二人曰く、技術の発展、そして米国における過剰なまでの畜産の工業化のおかげで、ドライフードの質は、相当に低下しているのだそうだ。知人に、大ブランドの研究者がいて、その現状を聞いてむかっ腹が立ったそうだ。いまや、多くの大ブランドのドッグフードは、多国籍企業とも言える大会社の傘下にあり、それはなぜかといえばドル箱だからだ。株主への配当をひねり出すための打ち出の小槌なのだそうだ。フムフム。

そんな話をマクラに前日と同様にはじまった講義は、少しは身体がなれたのか、当初はいくぶん余裕が感じられた。ところがどっこい、高波というかレッドゾーンへの突入は午後になってからやってきたの。昨日はジェットコースターだったが、今回は、崖っぷちぎりぎりの砂利道を、死を覚悟したような速度で駆け抜けるラリー車のようだった。無論、ドライバーは先生である。ジェットコースターは、ちゃんと強度計算された軌道上を走る。1日中乗りっぱなしとなるのはツライけれど、安全は保証されている。ところが、ラリー車となると、木に激突したり、横転したり、最悪の場合、崖を落ちて谷底へ真っ逆さまという事態もありうるのだ。2日目は、まさに手加減なしのそれという感じだった。

人間は、入力オーバーとなるとどのような反応をするか。過大なインプットを断ち切ろうとして睡魔が忍び寄ってきて眠りに落ちるのだ。このことは、以前、コンサート用PA、つまりが音響システム関係の仕事をしたとき、そして運転者以外は恐怖でしかない超弩級のスポーツカーの助手席に乗ったときに体験しているし、人がそうなるのをこの目で見てきている。大音量も、ハイスピードの恐怖も、度を超すと、それを制御する術がない側は寝込んでしまうのだ。まったく逆の状態ではあるけれど、アイスクリームの中に顔を埋めて寝込む幼児と同じようなものだ。あっちは電池切れみたいなものだが、こっちは言ってみればヒューズがショートするのだ。

そんなワケで講義中に思わずウトウトとしていたら、伝家の宝刀のムチが出てきた。この年になってムチ打ちはないよ。でもその痛さで睡魔は一瞬にして去った。と思ったものの、睡魔はまたやってくる。そんなワケでウトウト、ピシッの連続である。それが数回ほど続いたところ、今度は横に座っていたお姉様にイスを蹴られた。で、先生のひと言で完全に覚醒した。

「ジェイムズ、それでスミが助けられるの?」横でお姉様がそうだそうだとうなずく。そこでアタマをスッキリさせようと休憩となった。するとお姉様は、今度はボクのことをハグして背中を優しくポンポンと叩いてくれた。なんだか泣きそうになったが、そのあと、髪の毛と耳のうしろ、そして首の下をワサワサとやられ、けっきょくボクは昨日と同じく犬のような扱いを受けた。そこでふざけてウォフウォフと言ったら、お姉様はケラケラと笑った。でもその一瞬後には、またいつもの真顔に戻った。講義の再開である。

そうして2日目を終えると、今日はもう少しお話をしたいから、夕食を一緒に食べましょうとなった。で、行った店はというと、これが横浜の中華街の裏の裏にあるような、高級ではないが、好きなタイプの中華料理店だった。聞けば、お姉様かその友人がしとめた鴨だかなんだかをこちらに料理させてあるというのだ。二人では食べきれないので、店にも何羽かあげている。だから、お二方は、いつもそこでは高待遇なのだそうだ。で、出てきたのは、焼き鴨乗せ御飯みたいなワンプレートの料理だったのだが、これがとても美味しかった。やはり、われわれアジアンは、なんといっても米のメシである。

焼鴨飯.jpg

これで邦貨にして約700円。ローストされた鴨とチャーシュー、そしてチンゲン菜が乗って、すーぷがついてのお値段である。NZは、やすそうな国である。国内最大の都市であるオークランドにしたって吉祥寺くらいだ。東京は異常なくらいデカイ都市だとつくづく思った。

ところが予想に反し、夕食の場での話とは、ボクが泊まっているホテルのことが主で、聞けば近々、米国から旧友が4人も来るので、どうだ、あそこを勧めるか、ときた。もうガックシ。なんだ、そんなことかと落胆していたら、追い討ちをかけるように、あなたが交渉していいレート(宿泊費のことだ)をとってくれるとうれしいわ、ときた。なんでまた? と問うと、だって、あなたは、あそこで人気者みたいじゃない、と言われたてウィンクされた。そう、ここはジョークのレベルとお茶目さでは世界一と言われる英国の連邦国なのであった。

Hyatt-Rgncy.jpg

「それはともかく、あなたは、実際よくやってるわ。あなたがクルマだとすれば、相当に無茶な運転をしたんだけど、ちゃんと壊れずに走り切ってるわよね。何も知らないまま暴走するラリーカーに乗せちゃった、といった感じかしら。でも壊れないんだから立派よ。」

さすが、アンソニー・ホプキンス主演の映画にもなった実話、「世界一速いインデアン」を生んだ国だ。こういうオバサマからもラリーカーなんて言葉がポンと出てくる。 NZは、モータースポーツの盛んなところで、F-1の、あのマクラーレンの創始者、ブルース・マクラーレンを輩出した国でもあるのだ。いまではウェバーというのがF-1で頑張ってる。「はあ、ありがとうございます」ともう、そうとしか返しようがない。

「今日も本当に頑張ったわね。でね、これ以上のこととなると、もっと基本的な素養がないとついて来れない世界に行くことになっちゃうのね。そうしたら、あなたは、たぶん、この調子でやると壊れちゃうと思うのよ。」

お姉様は、同意とばかりにうなずいた。

「だから、明日は、獣医の働く場、動物病院の見学に行くことにしたの。そこをツアーして見学しながら、お話をして、それで明日は修了ということにしましょう。」

やったぜスミレ、父ちゃんは、どうやらあの講義から明日は解放されそうな感じだぞ、と思いきや、そうでもなかった。

「でね、その病院は大学の付属施設で、たぶん片道3時間半くらいかかるの。だから明日の 朝、タクシーに乗って家まで来て。クルマはあるから、運転をお願いね。車中で質問をするから、それに答えられるように第5章まで目を通して予習しておいてね」

第5章? 昨晩は、2章の半分くらいで電池切れを起こしたような気がする。てことは、ホテルに帰ったら、また英英辞書と専門語辞書の格闘である。あっら〜、と思っていたところ、お二人はディナーの残りを折り(ドギーバッグという)に詰めてもらい、早くしなさいとばかりにボクがドアを開けるのを待っていたのだった。ホテルに戻ると、さっそく教科書を開いて復習と予習をした。ちなみに、イヌの消化器系はこうなっている。エソファガスは食道で、アヌスはご存知の通りだ。こんなだから、英英辞書が必要なのである。

イヌの消化器系.jpg

alarmclock.jpg

このホテル備え付けの目覚まし時計は朝の6次を示しているが、モーニングコールが鳴ったのはその30分前で、これはシャワヒゲをーを浴びて剃り、あ、そうだと思って撮ったときのものだ。

講義初日の朝、ボクは、頼んでもいないモーニングコールで起こされた。時間も早く、なんで? と思ったが、その際のオペレーターの一言で、否が応でも目が覚めた。

Good morning, Mr. Bond」

ボンドごっこは続いているのだ。

ああ、そうだそうだ、そうだった。と思いつつ、顔を洗って歯を磨き、朝食を摂るために1階のダイニングに降りて行った。そして、入り口で待って席に案内されて着くまでのあいだ、ホテルのスタッフの全員がオペレーターと同じように挨拶してきた。それだけではない、朝食の席に案内されると、朝は朝食専門となるダイニングの早番の支配人に自己紹介され、その際に、先方は速攻でまずは自分の名を名乗り、そして見え見えの感じで、あなた様は? と目で聞いてきた。

まわりのスタッフたちの動きが止まる。コトの次第を聞かされて、その瞬間を待っている客さえいるようだ。状況を好意的に理そてもらえていることもあろ。となれば、期待に応えるしかない。

Bond,(一息おいて) James Bond」

ああ、言ってしまったよ。もう向こうの思うつぼだよ、おっかさん。そう言ったら、こちらを見つめていた、すぐそばのテーブルのご夫婦がゲラゲラと笑った。カウンターの中で、飲み物の準備で忙しくしていた若手の二人は、ハイファイブをしている。(ハイタッチではない、ハイファイブが本当で、そう言わないと通じない。UFOをユーフォーというのは日本だけなのと同じだ。)

パンにかじりついていれば、コーヒーポットをもったウェイトレスがコーヒーをお注ぎしましょうかミスタ・ボンドときた。なにをしてもミスタ・ボンドで、先が思いやられた。すると、昨日お会いした動物栄養学の元教授のオバサマが現れた。一人ではない、もう一人のご年配のご婦人も一緒の計二人だ。聞けば、同居されてるお姉様とのことで、人見知りをするタイプだから、あまり気にしないでくれと言われた。気にしないでと言う割には、お姉様は、まるで珍獣を観察するがごとくボクのことをジ〜ッと見ている。で、何も言わない。無言。そして二人は、けっこうな量のブレクファストを食べた。そして、ホテルのスタッフたちが、何かと言えばミスタ・ボンドと言うのを聞く度にマユをひそめた。無論、二人の朝食代はこっち持ちだ。

先生のお宅.jpg

写真は、このお二方のお住まいである可愛い小ぶりな家で、犬は教授の愛犬のボーダーコリー系の雑種のティッピである。そういえば、ヒッチコックの「鳥」の主演女優がティッピ・ヘドレンとかいったっけ。あのティッピだ、たぶん。てことはメスだ。

ティッピ.jpg

そうして朝食を終えてホテルを出ると、道の反対側にあるオークランド大学の敷地内に入り、すでに来て用意を済ませていたとおぼしき小さな講義室に入った。講義の初日開始である。最初は雑談ではじまり、スミレがわが家に来てから今日までの様子、これまで与えてきたドライフード、そしてその後のホームメイドの食事内容のヒアリングが行なわれた。それはいいのだが、気になるのは先生のお姉様である。2卓しかない学生用の席のとなりに座り、とにかく横を向いたまま、ジッとボクのことを見つめるのだ。どうしたものかと先生に目で訴えると、気にしない、気にしない、の態度で応えるのみ。そうはいってもなあ、という状況で講義ははじまった。写真は、その講義室である。補習やきわめて専門的な分野の講義に使われるそうで、空いていれば、アカデミックな目的であればレンタル可能なのだそうだ。窓とデスクの上の花は、先生持参で、しっかりとレシートをもってこられて精算させられたものだ。

教室.jpg

話をドンと先に進めると、そこから先は、まるでジェットコースターに乗っているがごとくの世界となった。ヒアリングの後、フムフムといいつつ先生は、ホワイトボードにササっと、しかし正確に犬の胴体部分と内蔵の解説図を描いた。それを見ているあいだは、さしずめ急坂を上るあの一時みたいなものだった。そうして、つかの間の平穏が訪れる。横を向くと、あまり表情のないお姉様に笑顔をが浮かんだように見えた。そして、ホレ、前を見ろとアゴで示され、そうしたとたん、もう息を継ぐ間もないくらいの落下状態となったのだった。

先生は、機関銃のようにしゃべり、専門用語が出て思わずこちらがキョトンとすると、早く調べなさいと昨日購入した辞書やら専門書のほうをアゴで示す。スグにみつけられないとドヤされる。ドヤされると同時に無表情なお姉様には「早くしろ」とばかりにイスの足を蹴られる。調べてメモしなければならない専門用語がひとつならまだしも、3つ4つとなると、え〜とナンダッケか、となる。そうして前を向くと先生の顔がデスクの前にあり「いつまでやってるの?」と目で問うてくる。横からは、カツンカツンとイスが蹴られる。ボンド危機一髪どころの騒ぎではない。パニクる、テンパる系の言葉が総動員の状態である。

そうして午前中が終わり、お昼となったときには、ボクはすでに十分に疲労困憊していた。明日も、明後日もこれなのかと思うと、気が重くなった。とはいえ、これだけ久々に勉強したのか、させられたのかはともかく、知識を身につける機会をもったのは久々で、その意味では、いつもとは別な筋肉を酷使させられるスポーツをしたような気分でもあった。そして、二人のご婦人の後をトボトボと追いながら、再びホテルに戻り、ランチとなったのだが、その際に記念撮影をと言ったら、驚くような勢いで拒否された。そういう身だしなみをしてこなかったからイヤの一点張りである。そして、このときだけお姉様は、しっかりとした口調で「No」と仰られた。

ホテルのダイニングルームでは、すでに広く知れ回っているボンド氏のご帰還となってニコニコ顔でスタッフたちが迎えてくれたが、意気軒昂なのは、先を行くご婦人たちだけで、ボクがげっそりしているのを見て、みな「?」という表情となった。そして誰も彼もが「Are you alright Mr. Bond?」と聞いてきた。ところで、下の写真は、ここだったらいいわよと言われたときに撮影した先生のお姿である。そして、先生の姉上である。となりにいるからドアップである。撮ろうとしているのはわかっていたはずだし、実際、怒られなかったし、である。

先生.jpg

先生である。ミズ・クルックシャンクと仰る。Ph.Dと名刺にあるから、立派な博士でらっしゃる。「あのバラは可憐でいいわねえ」と仰るので、「ああ、あのアイスバーグですか」と答えたら、唯一知っていたその手の白いバラとドンズバであったらしく、ちょっと見直した風の視線で見られた。けど、そんなことは講義中は、伊一切関係なかったもんね。
下は、お姉様で、こちらもPh.DのほかにもMがつく別な肩書きが着いていた。あとになってわかるのだが、彼女は先生のお姉様ではなかったののだった。

お姉様.jpg

昼食後も、ジェットコースター・ライドの状態が延々と続いた。そして先生の腕時計が3時の鐘を鳴らすと(チリチリチリと可愛い音で鳴った)、お茶の時間となった。もう、ボクはぜえぜえと息をしている状態で、思わず口を大きく開けて、ありったけの酸素を吸収しようと上を向き、そしてそのままの状態で前を向いた。そしたら、先生のお姉様が、ボクのアゴをつかんで自分の方に向かせ、どこからか取り出したチョコレートを口の中に入れてくれた。ボクは芸を仕込まれているアシカか。もののついでにもっと寄越せとウォン、ウォンと鳴いたら、ニコニコして喜んでまたくれた。

甘さは疲労に効く。それを実感して謝意の会釈をしたら、アゴの下と頭、そして両耳をワサワサとなでられた。犬なのかボクは?  この芸を終えた後のアシカというか、コマンド通りにした犬へのご褒美のようなふるまいは、その後、疲れて糖分が必要と感じる度、横を向くと自動的に実行、つまりが、お姉様が、なにかしらを口に入れてくれるまでになった。ボンド轟沈である。

そうして20分ほどの休憩をはさみ、講義は5時頃まで、正確には先生の時計がコオロギの鳴き声のような鐘の音を鳴らすまで続いた。ボクはといえば、一日中ジェットコースターに乗っていたがごとくの疲労困憊状態である。今日の復習をするだけでも大変そうだ。それどころか、予習もしなくてはならないのだ。ああこりゃ大変だと思って呆然としていると、教室の灯がついたり消えたりしている。なんだナンダと思って見れば、先生とお姉様は帰宅準備完了で、早く帰る準備をしてドアを開けろ、とのことだった。レディファーストのお国では、ドアが開けられるのを平気で待たれてしまうのだ。

かくして初日を終了したボクは、お二人をタクシーに乗せ(このときもドアを開け、閉めるのはボクの役割だ)、お帰りなさいミスタ・ボンドの声を背中で受け止めつつ、自室へと向かった。そしてルームサービスでサンドイッチとコーヒーを多めに注文すると、さっそく復習と予習にとりかかった。そして、目が覚めたのは、モーニングコールのベルによってで、そのときのボクは、ウェブスターの辞書の開いたページに顔をうずめ、その谷底にたまったよだれの川の中に鼻を突っ込んだ状態だった。

zzz.JPG

最後のオマケの写真は、そんなとうちゃんの苦労も知らずに寝入るスミレである。この頃は、相当に回復しつつあったが、散歩の途中で急に座り込み、そして伏せの態勢となって横になるという、サボタージュ的なふるまいをまだしていた。スミレは、それを横断歩道や交差点の真ん中等、あらゆるところでやらかし、こちらを困らせてくれた。単なる悪ふざけではなく、まだ万全ではなく、途中での休みが必要だったのだ。

やや元気.jpg

ようやく元気を取り戻しつつあるものの、まだまだの感が強いスミレ。カメラ目線がこのように決まることは少ない。たいてい、こちらを透かして、向こう側に焦点が合ったような目をする。しかも成長期の子犬ならではの目力がない。そして、気づけばボクか奥さんの身体に触れる位置に移動し、もの悲しい目つきで見上げたり、力なく寝入ってしまうのだった。いまでは、考えられないくらい、力のない、子犬らしい元気さのない犬だった。

                      

目的のブッチを入手し、クーラーボックスに保冷剤と共に詰め、日本から持参したガムテープでしっかりと荷造りしてスーツケースと共にチェックインすると、何の問題もなく、オーバーラゲッジの請求もなくクレ=ムタグをもえた。やったぜ。カーゴエリアはまるで冷蔵庫だというから、これでダメなら、仕方がない。大変だが、スミレの食事は、毎食ホームメイドするしかない。実際、それを実践している愛犬家も少なからずいるのだから、自分でもできないことはないだろう。でもブッチなら、その代わりになる。たぶん大丈夫なのではないか。イケルのではないかと思った。実は、帰国する前の晩も、ホテルの部屋のミニ冷蔵庫に入れておいた残りを食べてみたが、品質に問題はなく、寝付きも目覚めも爽快だった。さらに言えば、チェックアウト前の排泄のほうも実にスムースだった。愛犬のためとはいえ、これほどまで我が身を実験台にしているモノ好きは、まあボクぐらいなものだろう。

以前、ネットでフード関連のサイトを次から次へと見ていたときのことである。とあるドッグフードのネットショップのトップページに、たしか黄色いTシャツを着た若い男女が左右に配置され、その二人の間には、(そこで)販売するドッグフードは、すべて自分たちで食べ、その善し悪しを判断していますと豪語していたショップがあった。別に信用するしないということではないのだが、ではボクみたいに茶碗一杯に盛ったのを水代わりの味噌汁だけで食べたことがあるのかと問えば、たぶん、そこまではしていませんと言うはずだ。

第一、ボクは、その店の取り扱っている銘柄だけでなく、それ以上のドライフードを試食したことがあるのだ。けっして威張れることではないが、そんなバカはボクくらいなものだろう。でなければ、そのショップのスタッフも相当に胸焼けや胃もたれで苦しんだにちがいないはずだし、でなければ鉄のような胃袋の持ち主であるはずだ。これはたまらんとスタッフも辞表を出して逃げ出しているはずだ。とはいえ、実際に食べて見ていると言っても、スナック程度にポリポリという程度のことにちがいない。

<それはさておき、実をいうと、ボクは手荷物の中にも数個のブッチをひそませていた。搭乗前の持ち物検査でひっかからなかったのか、という疑問をもたれる読者もいることだろう。まるでプレスハムのようなサイズと形状のブッチは、たしかにしっかりとX線装置のモニター上に出現した。持ち物検査のX腺検査モニターは、たいていの場合、検査中のモノの持ち主にも見えるようにしていると聞いたことがある。コレハナンダと聞くため、そしてそれを指してナンダナンダとなったときに動揺するかどうかを見るためらしい。で、そのときはどうだったかというと、予想通り、ナンダコレハとなった。でもボクは動揺せず、毅然とドッグフードです、と応えた。そしたら、ア、ソウで終わった。それでいいんだろうか。実はこの疑問、成田に到着した後も続くことになる。

ここで賢明なる皆さんは、じゃあ荷室ではない暖房の利いた客室では、わずかな時間とはいえ、保存するにはまずかろう、とそう思われるにちがいない。そこはそれ、ヒコーキの中にも冷蔵庫はあるのだ。そこでダメ元という決意のもと、キャビン・アテンダントのオバサマ、じゃない、お姐さんにお願いしてみた。NZは英連邦の一員である。きちんとジェントルマン然として、精一杯、NZナマリの英語で丁寧誠実にお願いしたところ、「いいわよ、いまは忙しいから、ちょっとしたら自分でそこに入れといて」と日本語で返され、さらに、そこよと冷蔵庫をアゴで示された。「手前のジュースのあるスペースは、いまからサーブしたら空くから、そこらへんにテキトーに入れといてね」と。この予想外の呆気なさ。はたしてこれでいいのだろうか。まあ、いいのである。

そうして日本に到着したボクは、ネットで下調べしておいた通り、入国管理所に向かう廊下の途中にある空港の検疫所に立ち寄った。キマリはキマリ、法は守らなくてはいけない。ドッグフードは検疫を受けなくてはならないというキマリがあるのだ。しかし検疫所でのやりとりは、実に呆気ないものだった。まず、検疫官の係員は、実にヒマそうだった。

成田税関.jpg

そこで、あの、これなんですけど、と言って冷え冷えのブッチを係の方に見せた。すると、係官は、まず差し出されたブッチをジロリと見た。そして、ボクのことを信じられんというか、まるで珍獣を見るような目つきで一瞥し、シッシッと、まるで罪人をところ払いするかのように、行ってよしというか、まるで用済みのように、行っていいとの態度を示したのだった。これはどう考えても「行ってよろしい」という意味以外ありえない。これでいいのだろうか。ここまできたら、もうなんでもありだ。ありがたいこと、このうえない。まさにハレルヤである。いいのだ、これで。

これで入管で入国のスタンプを押してもらえば、あとはバゲージクレームで荷物をひろい、税関を通って家路を急ぐだけだ。クルマは、空港でドロップ&ピックアップの業者さんに預けてある。そんなこんなでスーツケースとブッチを詰めたクーラーボックスをカートに載せ、税関へと向かった。自分の番になってカウンターに進むと、ガムテープでグルグル巻きにされたクーラーボックスを何個も持ち込む人間は、そう珍しくはないと見え、「鮭でも釣ってこられたんですか?」と聞かれた。なかなかナイスなジョークではないか。でもちがう。アッハッハッハ、ちがいますよ、ドッグフードですよ、と言ったら、税関吏は、急に真剣な顔となって「開けてください」と言った。

「ほう、これがドッグフードですか」そうですよ、ちゃんとここにそう表示されてるじゃないですか。「いやあ、実は本官も犬好きで3頭飼ってますけど、こういうのは初めて見ましたねえ」そうですか、ボクも今回のNZ出張ではじめて実物とお目にかかったんですけど、これで三食ほど済ませました。けど、胸焼けもしないし、気分も悪くならないし、目覚めもよくて快調で...。「そうですか、それはよかったですねえ。ところで検疫は?」(そ〜らきた、そこで胸を張って、きっぱりと)済ませました。そしたらフ〜ンという顔をされたので、なにかまちがいをしたのかなと内心あせった。でも、それでオシマイ。「三食もねえ...、そうですか、それではどうぞ」と先を促された。ノープロブレム、ノープロブレモ、無問題、問題なし、どうぞ、である。これでいいんだろうか。いいのである。よかったよかった。やはり準備しておくに越したことはない。転ばぬ先の杖である。

外に出れば、クルマを預けたときと同じ業者さんが「お帰りなさ〜い」と笑顔で待っていてくれていた。そりゃそうだ、その代価を支払っているのだから。でも、その笑顔は、それまでのボクの努力を評価というか、祝福してくれているように感じられた。それまでのコトの運びのスムースさ、NZ人気質というか、現地の人たちによくしてもらった思いも手伝い、ボクは意気揚々と空港を後にし、帰宅した。

いつもグッタリ、ゲンナリしていたスミレが、尻尾を振って出迎えてくれたときは心底うれしかった。家に着いたのが夕方で、夕食はこれからだ。スミレ、いいものを持って帰ってきたぞ。これがちゃんと食べられて、ウンチの調子が上向きになればいいな。そう思い、尻尾を振るスミレを抱きしめた。そしたら、ずいぶんと力を入れて、放せとばかりに前脚を踏ん張られた。

それまで洋犬としか暮らしたことがなかった身にとって、日本犬で感じる戸惑いがこれである。愛情深くとも、つかず離れず、距離を置こうとする。日本犬には、こういうタイプが多いのだ。スミレはまさにその典型なのだが、でも放せば放したで、喜んで飛びついてくる。ワケがわからん。でもウレシイ。要は、つかず離れずなのだ。

感激の完食2.JPG

感激の完食の直後のスミレ。自分では飛び跳ねながらかかってきたのに、よしよしとつかまえてなでようとすると、ご覧のように踏ん張って抵抗する。えも、ここでそうかと放せば放したらで、また悦び勇んでかまってかまってとくるのだからコマッタものだがウレシイ。

そして待ちに待ったブッチの初ディナー・タイムとなった。食べ物には慎重なスミレは、念入りに匂いを嗅いだ。そして頭を上げてこちらをチラリと一瞥すると、それまでとは正反対の様子で見事にペロリと完食してくれたのだった。それを見たとき、奥さんが驚いた顔で空になったフードボウルを持ち上げてボクに見せた。そして、涙をポロポロと流して声を抑えて泣き出し、スミレに抱きついた。スミレはなにがなんだかわからない。でも抵抗はしていない。そこでボクも抱きつこうとした。でもスミレの突っ張り出す前脚に邪魔をされてそれはできなかった。でもうれしくて涙が出た。食べてくれただけでうれしい。ただ、それだけだった。

ブッチをたいらげた後のスミレは、しばしテレビを見てからいつも通りに眠った。スミレはテレビを見るのだ。楽しんでいるかどうかはわからない。でもゴルフ中継と野性動物関連が好みらしい。映像がどのように見えているのかは想像もできない。だが、げっ歯類の野性のカピバラの家族が湿地帯を横断中、迫り来る大蛇のアナコンダを発見して騒ぎだしたときは、いっしょになって動揺していた。

カピバラを見守るスミレ.JPG

これは、その当時の写真ではないが、おなじカピバラ一族の大移動のドキュメンタリーを放映していたときのスミレの姿だ。画面では、一列になって湿地帯の浅瀬を移動中のカピバラ一族に大蛇アナコンダが音もなく迫ってくる際、それに気づいた先頭のカピバラが警報を発したところである。群れは、無事、アナコンダに食われることなく逃げ仰せたが、それまでのスミレに感情移入っぷりたるや、見ものだった。

はたしてスミレが画面のカピバラに感情移入していたのかどうかはともかく、翌日の朝もスミレはブッチのブレクファストを見事にたいらげた。そして待ちに待った瞬間は、夕方の散歩のときに訪れた。スミレは、まだまだ柔らかめとはいえ、見事に形を保った排泄物をスンナリと出してみせたのである。ボクは、その様子を家にいる奥さんに伝えた。そしてスミレを近くの木につなぐと、生け垣の影に隠れた。こらえたものの、涙が止まらなかったのだ。

かくして食欲も排泄物の様子も、まるでドミノ倒しを見るがごとく、日々改善されていった。そしてスミレは、それに連れてどんどんと元気になっていった。そして、そうなればなったで、今度は家の中で好き放題をしはじめた。しかし、ボクはスミレを思い切り甘やかした。これでいいのだろうかと思いつつ。でもさすがに愛器のベースのネックの先端部分をかじられたときは、しつけの大切さを思い知った。しかし、この後に思いも寄らない事態が迫っていたとは、そのときは知る術もなかった。というか、それは実に当たり前のことであって、それまでのすべてが、あまりにもスンナリとうまく行き過ぎていたのである。

コトは、ご近所の愛犬家たちがスミレの回復ぶりを目の当たりにし、それがちょっとした話題となったことからはじまる。それでブッチを試してみたいというお仲間たちの声が次々と上がってきたのである。聞けば、近所のあるシュナウウザー犬は、ドッグフードを一切受け付けなくなり、性格も引っ込み思案になってしまったという。それで大変な思いをしているというので、それはそれはと同情したボクは、小さいほうのブッチを一本差し上げた。すると、小雪ちゃんというそのシュナウウザーは、初ブッチをたいらげただけでなく、もっとよこせと騒いだというのだ。

そういう話は、瞬く間に広がる。同じような愛犬の悩みをもつお散歩仲間の面々からは、ならばうちも、うちも、となった。そして、話に尾ひれがついて、NZ滞在中は3食すべてブッチで済ませたというボクが右代表してブッチを共同購入&個人輸入することとなった。だが、そうは簡単には問屋が卸さなかった。そこからが予想外の展開となっていったのである。

頑張ったオヤスミ.jpg

ちょいと柔らかめながらも、ちゃんとした排泄をしてきたくしたスミレは、もうおねむである。この犬用のベッドだが、結局この上で寝てくれたのは両手両足で数えられるくらいだった。でもいい。元気になってくれているのだから。
          

sumire_puppy1.jpg

まだ元気いっぱいでヤンチャのかぎりを果たしていた頃のスミレ。ちょいとご機嫌斜め風なのは、苦労して入手した靴下を取り上げられたばかりだからだ。背後のトレー上にあるのは豚皮でできた靴状の犬用ガムである。下痢に寄る排泄物ではないので、あしからず。そう見えてしまうけどね。

黒柴の子犬のスミレがわが家にやってきたのは、2007年の8月のことだった。子供 好きで子供がいない夫婦にとっては子供も同然で、わが夫婦は、最低限のしつけをここ ろがけつつも、文字通り、猫可愛がりの状態でスミレを育てた。子犬はよほどの動物嫌 いでないかぎり、可愛さのかたまりである。しかし、これまで洋犬は飼ったことのある ボクでも日本犬は初めてで、スミレは、その違いをこれでもかというくらいに味合わせ てくれた。

それをひととことで言えば、やんちゃということになる。個体差はあるのだろうけれ ど、両親がワイルドなハンティングの世界で生きる現役のマタギ犬ということもあって か、スミレはその典型だった。とにかく元気に暴れ回る。脱いだばかりの臭い靴下、奥 さんの買って間もないブラ等々、スミレは、そういったもののコレクションもしはじ め、われわれでは手の届かない、しかし自分はもぐりこめるテレビ台の下とかの秘密基 地に、それらのものを溜め込んでは悦に浸っていた。

そんな元気でやんちゃをしていたスミレが、ある頃から急に大人しくなっていった。成長と共に大人しくなるという雰囲気ではなく、体力が落ち、それにつれてあふれんばかりにあった物事への興味や、考える以前に直感で動くようなことが、次第に、そして明らかに鈍化していったのである。

子供のいる夫婦の場合、すぐに小児科に行くがごとく、われわれもスミレを獣医に連れて行った。しかし診てもらって薬や療養食を処方してもらっても、本来の子犬らしさは戻らない。それどころか、状況はどんどんと悪くなっていった。まずは排泄物がゆるくなり、そして下痢が頻発するようになった。獣医師も変えてみた。それも同じ見立てをするとわかったとたんにハシゴをした。スミレは弱っていく一方だった。もの言うことのできないスミレは、悲しげな、困り果てた目でわれわれを見上げるばかりである。

そんなこんなでドッグフードも、より自然でヘルシーであることをうたうものへと変 えてみたのだが、どれもとくにこれということもなく、わが夫婦は天をあおぐことと なった。そうして出会ったのが、近所に数ある獣医師の最後のひとりで、これまでの経 過を説明し、診てもらったところ、言下にこう言われたのだった。

「おそらく原因は食べ物、食餌ですね。市販のフードが合わないのか、それが原因で 消化器系が弱っている。だから排泄物もゆるいし下痢もする。栄養の吸収を阻害されて いるから体重も増えないし、元気になりようもない。たぶん療養食もあまり役立たない でしょう。ごくまれにですが、市販のドッグフードの添加物とかに拒否反応を示す個体 がいて、これはその典型だと思います。ご主人、ここはひとつ、手づくりの食事療法を してみましょう。」

わが子が救えるのであれば何でもするという親の心境である。それまでとは大違い で、確信をもって、しかもそれまでの同様の症例の記録を見せて説明してくれる獣医師 がなんと心強く思えたことか。そうして、その獣医によって犬の栄養学のイロハを学 び、それを元に手づくりの食餌を用意し、与える日々がはじまったのだった。そしてそ の獣医師の指摘どおり、一週間も経ったころ、その効果が現れはじめたのである。排泄 物は、まだゆるめながらも下痢をすることはなく、その質も徐々にだが、よりよいもの へとなっていった。そして何よりも、スミレが元気を回復していったのである。

その後、同じことが起きることを未然に防ぐためにも、というかわが子スミレのため に、ありとあらゆる動物の栄養に関する文献を漁り、ドッグフードの長所短所、そして その歴史から、その現状までをも知ることになった。結果をひとことで言えば、世の中 には食餌が原因で体調に影響を受けている犬猫がいかに多いことか。そして、それに対 する効果的な対処法は、ほとんどない、という現実を知ったことだった。わずか一握り の動物好きたちが、そんな状況を少しでも良くしようと努力しようとしていれば、その 反面、そんな現状を逆手に、内容がどのようなものか不明な講座を有料で開き、国はお ろか自治体にも認められていない資格を与えているところもあるのである。

そんな現状に驚き、あきれ果てていたのだが、わが家のスミレはゆっくりと、しかし 確実に元気を取り戻しつつあった。考えてみれば、普通の犬は、ある特定のドッグフー ドを与えられ、それを文句もいわずに食べる。中には、そんな食餌でも待ち遠しく、大 喜びで食べる。しかし、わがスミレは、以前に比べれば、はるかにマシな状態になった とはいえ、食餌を楽しみにすることもなく、食に対しては淡々としている。一歳になろ うかというのに散歩へ行くのも積極的とは言えない。これはどうしたものか。そう思っ ていたとき、海外の友人から、日本では見たことも聞いたこともない、あるドッグフー ドのことを聞き、それに興味をもったのである。

友人いわく、それで救われている犬も飼い主も数知れずであると。そんなものがある のかとネットで検索してみたところ、あった。そしてそれがブッチというメーカーの製 品であり、半世紀にも渡って牧畜農家の右腕たるシープドッグからペットに至るまでの 食による健康をサポートしているという事実を知ったのだった。

わが子のためなら火の中、水の中、そうしてブッチの製品を探し、入手する、大げさ だが冒険がはじまったのだった。結論を先にいえば、ボクはブッチを手に入れた。そし てその味と匂いはスミレの好むところでもあったようで、ふだんは時間のかかる食餌が ウソのようにペロリとたいらげたのだった。そして、その翌日、まだ柔らかめではある ものの、スミレはひさびさにしっかりとした形のある排泄物をひねり出したのだった。

スミレの笑顔.jpg

いまのスミレである。このとおり、元気になって満面の笑顔を見せてくれている。これも、たしかな獣医師との出会い、ブッチの発見と入手によるものだ。で、そのブッチの輸入を手がけることになるなんて思いも寄らなかった。人生わからないことだらけ。そのてん末は、これ以降の本稿でお伝えします。




ページ上部へ戻る
ページ上部へ戻る