スミレとぼくと。

+ニュージーランド、ブッチが生まれる場所について+

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なんとなく北海道と本州の東北地方の地図のように見えるNZ。最大の都市であるオークランドは、北海道のような北部の先端のひとつ下のオレンジ色のところにある紫色の*のところだ。同じ島の南のほうのブルーのところに丸く囲ってある部分が、動物栄養学の元教授に請われて運転する予定だったマッセイ大学の獣医病院のあるパルマーストンと目的地だ。その下のグリーンの南端の西の角に首都のウェリントンがある。バート・マンローの住んでいたインバーカーギルは、NZ最南端のブルーの海岸沿いの小さな町である。

前回、ニュージーランド(以下、NZ)は農業立国であると書いた。これはまったくそのとおりの本当のことだ。NZは、それを誇れるだけの理由がある。まずは、厳しい検疫/防疫態勢が敷かれていることだ。宮崎で大騒ぎとなった口蹄疫、そして鳥インフルエンザといった家畜や家禽の伝染病だが、NZ(そしてオーストラリアも)は過去160年ほどのあいだ、ただの一度も発生させていない。それは、前述した厳格なうえにも厳格な検疫/防疫態勢にある。ボクは、ブッチ社のお世話になった方に日本から何かもってきてほしいかものがあるかと聞いたところ、あるメーカーの焼肉のタレを所望されたことがある。しかし、そのタレは、NZの入国の際、空港の税関吏の目に留まるところとなった。そしてその中にゴマが入っていることがわかると税関吏は、それが焙煎されているかどうか、要は発芽しない保証があるかどうかを聞いてきた。

焼肉のタレの中に入っているゴマが土に落ちたら発芽する可能性はあるのか? そんなこと、わかるワケがない。まあ、常識的に考えて、焙煎されているかどうかはともかく、発芽することはないとは思った。でも、その保証ができるかといえば、できっこない。先方が知りたいのはイエスかノーかなのだ。発芽しないならしないで、それは証明されなければならない。となれば、メーカーの証明書が必要となる。そのメーカーに聞く時間はないし、面倒事は避けたいので、そこはそれ、わかりません、と返すしかない。そうすると、その焼肉のタレのビンは、そのまま焼却廃棄処分との表示のあるコンテナの中へと消えて行くしかないのだ。

それくらいのことで驚いていてはイケナイ。そのとき、ボクのとなりで税関検査を受けていた日本人のオバサマは、娘さんがNZに留学中で、これから冬を迎えるにあたり、娘のためにと日本からセーターやらダウン・ジャケットやらを箱詰めにして持って来ていたのだが、それらが没収されそうな気配となっていた。それのどこに問題があるのか。それは、荷造りに使われた箱にあった。なんとその段ボール箱には、JAなるロゴがあり、ごていねいにも、2色刷りでカボチャの絵が大きく印刷されていたのである。つまりが、その段ボールには、日本の土、つまりが土壌と、それに含まれる何かが付着している可能性がある、ということだ。

オバサマが「英語はよう、しゃべりません」というので、ボクは通訳を買って出た。すると、税関吏は「箱をどのようにクリーニングしたのか、それを正確に思い出して正直に言ってください」と言った。で、オバサマは、その通りにした。そしたら、なんとまあ、それも箱ごと焼却廃棄処分のために没収されることとなった。ちゃんとアルコールで、そして逆性石鹸等で殺菌消毒したかと問われれば、「きっちりと拭きましたけど、そこまではしてまへん」と答えるしかない。あわれ、そのオバサマは「娘に全部、また買うてやらにゃいかんわぁ」と嘆いていた。でもこれにはオチがあって、そのオバサマは、空港の出迎えロビーに行くまでのあいだ、実はなんにもしていなかったと打ち明けたのだ。こういうことは人間の営みゆえ、ままある。ゆえに税関吏の判断は正しい。それを妙なヒューマニズムや性善説で片付けてしまう裁量を許してしまうと、農業立国の大黒柱に亀裂が入ることになりかねないからだ。

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コケコッコは、日中の一定時間、外に出されて飼育されているようである。その時間は、季節ごとに決まっているが、無論、気象次第のこととなる。そして鶏の数は羊の比ではない。

とまあ、それだけ検疫の厳しい農業立国NZにおける牧畜はかくやとなると、これがもう牧歌的のひとことなのである。なにせ人口が東京都の約1/3の450万人ほどで、そこに4,500万頭の羊に加え、国民とほぼ同数の牛がいるのだ。コケコッコーの数となると想像もつかない。海の資源も豊かだ。日本では見たことのない、表面がコバルトブルーのような青い色をしたアワビは、その見た目に反してめっぽう美味い。海沿いを行くと、山々の麓にある湾には、必ずと言っていいほど牡蠣棚があるのが見える。そして、スーパーに行くと、新鮮な魚介類がワンサカと売られている。煮付け向けの金目も塩焼きにしたらさぞかし美味かろうと思われる鯛もドテッと氷の上に鎮座しているのだ。

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日本の和牛とは異なり、赤身のしっかりとしているのが身上のNZビーフ。それでも、これは赤身にも脂の入っているほうなのだ。どれもステーキ用には最適で、中央のはフィレで ある。すきやきや、しゃぶしゃぶ向きではないが、料理法によってはめっぽう美味い肉なのだ。しかも安い。

話を肉のほうに戻すと、ラムやマトンも日本では、あまり扱われていない部位がたくさん売られている。料理好きのボクとしては、ああ、あのラムの肩肉を持ち帰りたいと、何度スーパーの肉売場で思ったことか。塩コショウし、タマネギと共に焼くラムの肩ローストは絶品のうまさなのだ。食材の豊かさは、大都会東京に住む人間の度肝を抜くほどに幅広く、奥深い。飲食店の多彩さでも負けてはいない。さすが英国連邦である、香港系の中華料理はもとより、インド、パキスタン系の料理、日本やタイ、さらに中米、南米系と、よりどりみどり。大型スーパーで売られている食材の多さも圧巻だ。

先にも触れた牧歌的な牧畜風景だが、それについては、論より証拠の写真を見てもらうしかない。どこもかしこも、郊外に出たとたん、こんな感じである。でなければ、ロード・オブ・ザ・リングスや、ラスト・サムライのロケ地だったと言われれば、はあそうですかとしか言いようのない場所だらけなのだ。都市と田舎、文明と自然の絶妙なハーモニーの国、それがNZなのである。日本もあやかりたいところだが、それにはちょっと人口が多すぎると思われる。少子化、少子化と言うけれど、それもまた自然の摂理なのかもしれない。現代の日本人は、ヒトと自然の結びつき、あるいは自然に対する観念ともいうべきものを、はたしてどう認識しているのだろうか。街っ子のボクが考えるには、手に余ることだ。ただ言えるのは、戦後になって爆発的に増えた人口を当てにしての経済を、そのまま維持するのは無理があるとしか思えないということだ。

NZにいると、そのことをつくづくと考えさせられる。東京は、ものすごい大都市であり、人口の過密ぶりもすごい。大都市ならではの幅広い文化の多彩さもある。しかし、新幹線に乗って、たとえば東海道線で大阪へ行くとして、車窓からの風景を見ていると、それは大小の街の連続と言っても過言ではないである。そりゃあ富士山もそのふもとの自然も、浜名湖とかコンクリで土手が固められていない河川もあるにはある。けれど、NZの場合は、その都市なり、街と街のあいだが大自然一色となるのだ。それはもう人口密度とは無縁の話ではなく、そのものズバリのことではないかと思える。

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上も下も街からクルマで1〜2時間の景色である。白黒のホルスタインもいれば、茶色のジャージー種もいる。といってもボクは牛のことは詳しくないので、テキトーである。下の羊たちだが、撮影のために近づこうとしたらボーダーコリーではなく巨大なジャーマンシェパードみたいなモスコウ(モスクワ)という犬種の番犬にドヤされた。犬たちも分業制のようである。

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羊の番をするボーダーコリー。一時も休まずに動いている。それで食事はブッチだけというのを幾度となく見た。ドライフードの半分以下のカロリーしかないが、かえして見ればドライフードが如何にオーバカロリー食であるかがわかる消化吸収に優れるほうが良いのだ。

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ブッチは、そんなNZの大自然の中で、健康を害していくばかりの牧羊犬たちを助けるべくして生まれた。牧羊犬たちの体調不良の原因は、その食餌である生肉にあった。とはいえ、問題とは肉そのものではなく、彼の地にいるキツネたちが媒介する原虫感染症にあった。キツネたちが、牧羊犬の食餌となる肉に触れる機会があったことから、それが犬たちの間で感染していったのである。それを突き止めたイアン・ロビーという名の青年は、生肉ならではの栄養成分を活かしたまま、原虫を熱処理するノウハウを自力で開発し、その技術で製造したドッグフードでブッチ社の前身となる会社を興した。

イアンは、ロレインという娘と結婚し、子供を何人ももうけた。そしてブッチは地元周辺の羊農家で信頼され、その噂が伝わったことで、イアンは週末のオークランドで開かれる市場でも売場を持てるようにまでになる。しかし、好事魔多しのたとえにもあるように、とある週末、オークランドから一家が帰ると、工場とそれに隣接する家が全焼してしまうという惨事にも見舞われた。ロビー家は、着の身着のままの状態でオークランドへ移り住むことを余儀なくされたのだった。

そして創業以来、約半世紀、ブッチのドッグフード、そして同じコンセプトで製造された後発のキャットフードは、NZのどこでも入手できるほど、現地ではお馴染みの存在となった。なんとなれば、それは、ブッチがロール(ミート)・フードと呼ばれるペットフードのパイオニアであり、唯一、半世紀にも及ぶ歴史と実績による信頼を築いてきたからだ。いまでは、同業他社も参入し、類似する他社製品も多数あってスーパーのロール・フード売場には、ブッチ以外の製品も数多く売られている。

でも、どこの製品もブッチにはかなわない。なぜなら、ブッチには、前述した半世紀近くもの実績に裏打ちされた信頼の歴史があるからだ。ちなみに、このイアン青年とは、ボクのことをドン・キホーテのドンと呼んだジェフ・ロビーのお父っつぁんである。過日、イアンさんは、70の誕生日を迎えたが、いまも意気軒昂としていて元気である。そして最近買い込んだ、中古の三菱製の林業機械を駆使して牧草地や奥さんであるロレインたっての願いで、ラマ用の放牧地をフェンスで囲うなど、引退後も忙しくしている。ちなみにまだラマは飼われていないうえ、息子のジェフがそのことに大反対していると聞いている。

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なんという種類なのかは知らないが、こういうのもいる。その迫力に圧倒されたボクは、勝手にスターウォーズの牛と呼んでいた。要は、チューバッカ、ウーキーだ。

紆余曲折あって、ボクは、そんなブッチの輸入販売をすることとなった。そして、そうなるにあたり、いろいろな経験をし、得難い人たちとの縁をもつに至った。ボクは、そうなる運命をもたらせてくれた家内、愛犬のスミレ、そしてブッチを信じ、リピーターとなってくださっている動物好きの同志ともいうべき愛犬家、愛猫家のお客さんたち、そして業務に関わるすべての人たちに、あらためて感謝したいと思う。そしてNZという国のことを思い浮かべると、彼の地に移り住み、われここにありと、その存在を世界へ発信した挑戦者たちの魂を感じる。私事だが、そのことをあらためて強く思い起こす今日この頃である。なんちゃって。

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NZの国鳥である飛べない鳥、キーウィの飛び出し注意の標識である。生体そのものは、現地の動物園の保護センターで見ることができた。茶褐色の愛らしい鳥である。チームの創設者であるブルース・マクラーレン存命時のF-1のマクラーレンのトレードマークもこのキーウィだった。余談だが、このような飛べない鳥の保護のため、NZではフェレットをペットとして飼うこと、繁殖させることのすべてが禁止されている。ちなみにその法案は2002年に可決されている。

いささか唐突な話だが、否応なく子供時代を英国に過ごすこととなったボクは、その当時、子供でありながらもアイデンティティの喪失のようなものを強く感じた。なぜか、クラスメートの大半が日本になぞこれっぽちも関心をもたず、中には中国の一地方かと思っている奴までいたからだ。

なにをもって自分が日本人であることを認識し、そのことを受け入れられるのか。それは、第三者から、認めてもらうのが一番手っ取り早い。要は、そうか、君は日本という国から来た日本人なんだ、と言ってもらえるだけでいいのだ。それで済むのだ。そして、そのことはあっけなく達成されたのだが、それはなんとクルマ、しかもレーシングカーによってだった。忘れもしない'65年の10月25日、前日の24日の日曜日明けの月曜日のことだった。その日の朝刊の一面の下のほうに「日本のグランプリ・レーシング・チームが快挙」との見出しが載ったのだ。

その日、学校へ行くまでの道すがら、それまで何の注意も払ってくれなかった、横断歩道の日本でいうところの緑のおばさんが、あなたの国よね、やったわねと言ってくれた。最初は何のことだか、さっぱりわからなかった。しかし、それは途中の大きな交差点でハッキリとした。そこで交通整理をしているおまわりさんが、通り過ぎるボクのところまでやってきて握手をして、やったな、灰からよみがえった不死鳥のごとしだな、と言ったのだ。そして級友たちと合流して、その理由がわかった。たかがクルマの競争で、こうまで変わるものなのかと、ボクは子供心に思いつつ、それが快挙であることを知るに連れ、なにかこみ上げてくるものを感じた。

そしてそれは、その日の全校朝礼のときにイヤでも実感させられることとなった。なんと校長がその日の訓話の際にボクを呼び、全校生徒の前でボクの肩に手を置き、こう言ったのだ。

「昨日、中米のメキシコで、彼の国のチーム・ホンダがグランプリで優勝した。彼の国は先の戦争で爆撃を受け、すべてが灰となって敗戦国となった。われわれもドイツからのロケット攻撃によってロンドンの各地が焼失した。それがわずか20年ほど前のことだ。わずかそれだけのあいだで、彼の国であるジャパンは、グランプリで勝つ力をもったクルマを作り上げ、見事優勝した。ここからわれわれは、あらためて挑戦者魂(チャレンジング・スピリットと言った)を呼び起こそうではないか。それを彼の国とチームは、われわれにあらためて示してくれた。それに対し、われわれはそれを讃えたいと思う。」

この言葉のあと、校長が音頭をとって、相手を讃えるお決まりの Hip hip, hooray ! の掛け声が講堂に響き渡った。ボクは、なにがなんだかわからなかったのだが、讃えられていることだけはなぜかわかり、涙が止まらなくなって泣いた。悪さをして校長室に呼ばれ、革のスリッパでイヤというほど尻を引っぱたかれたときのように泣いてしまったのだった。

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1965年10月24日、米国人レーサーのリッチー・ギンサーによって日本初のグランプリ優勝をもたらし、海外にいる邦人たちに勇気と自信、そして誇りを与えてくれたホンダRA272である。この当時、グランプリ・レーシングカーは国の威信をかけてそれぞれのチームは国籍を表すナショナルカラーに塗られていた。かかる予算も、いまとは大きく異なるほど安上がりだったが、レースとは命がけの行為でもあった。だからこそ闘牛のように民衆は熱狂したのだ。

話は、ここで急に変わるが、ニュージーランド(以下、NZ)と聞くと、どことなく不思議な、しかし力強いチャレンジング・スピリットが思い浮かんでくる。そして、子供時代の、あの忘れられない日のことを思い出す。なぜかというと、英国での「その日」以来、無類のクルマとバイク好きな子供となったボクにとって、遠い英国連邦のNZは、挑戦者魂の手本のような国となったからだ。

たとえば、それは、同国南端の田舎町のインバーカーギルの自宅兼車庫の中で、ピストンまで手づくりして、その当時ですでに40年落ちのインディアンというバイクの改造車を作り、それで世界最高速記録の樹立に挑み、実際にそのクラスでの記録を打ち立てたばかりか、その死後もしばらく破らせなかった伝説の男、バート・マンローであったり、または、いまでも活躍しているF-1のマクラーレンの母体である、チーム・マクラーレンを作った天才的なレーサーでありエンジニアだったブルース・マクラーレンのことが浮かんでくるからだ。

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左がブルース・マクラーレン。彼は病気とケガのために足を悪くし、松葉杖が欠かせない少年時代を過ごした。そのためだろう、チーム発足後もパドックで彼が足を引きづりながら歩いているところが目撃されている。右は、1969年8月1日、ドイツの有名なニュルブルクリングを疾走中のマクラーレン・カーズのマシンで、ドライバーは、ブルース・マクラーレン本人だ。いまのクルマとは、もうまるで別物。イエローオレンジはニュージーランドのナショナルカラーである。そして中央は、初期のチーム・マクラーレン、あるいはマクラーレン・カーズのオリジナル・マークだ。

初期のホンダF-1の監督だった中村良夫氏の著書によると、彼はマジックを片手にマクラーレンのパドックをうろつき、スキを見て、国鳥であるキーウィの口ばしにミミズをくわえさせた落書きをしていたそうだ。いい大人でも、そんなお茶目なイタズラができるんだと思ったことを憶えている。まだまだ大らかな古き良き時代のグランプリ・チームの裏話だ。ブルース・マクラーレンは、1970年の6月2日、英国のグッドウッドのサーキットでカンナムカーの走行中に事故死した。享年32歳だった。

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偉大なるチャレンジャー、バート・マンローの半生は、TBSブリタニカ刊「バート・マンロー/スピードの神に恋した男」というタイトルでいまも入手可能である(右)。左は、バート・マンローがNZ最南端のインバカーギルで自作した22年製のバイク、インディアンの改造車の速さを米国ユタ州のボンネビルで証明してみせるまでを描いた傑作「世界最速のインディアン」の日本語版DVDのパッケージで、中は、同作品の米国でのポスターだ。自身とバイクの能力の証明と夢の実現のために迷わず突き進む姿と、見返りを求めずにそれを支援する人たちが当たり前にいた、古き良き時代の素晴らしき人間社会を描いた、クルマやバイク好きでなくても楽しめる傑作である。下の左は、同作品に登場する、米国の田舎道でインディアンの試走をするシーンで、右はバート・モンロー自身がカウリングのない同マシンにまたがっている貴重な写真だ。

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上記のキャプションでも触れたが、バート・マンローの話は、ちょっと前にアンソニー・ホプキンスの主演で映画化され、そこそこのヒット作となった。ホプキンスは、脚本を読んで、即座に出演を快諾したという。地の果てと言っても過言ではない海沿いの田舎町の地元のビーチでテスト走行を繰り返し、それで世界最速記録を狙えると確信した。マンローは、米国のユタ州にある塩水湖が、夏場の一時期だけ干上がって広大な塩の平原となり、その期間を利用して世界最高速チャレンジが開催されるボンネビルのソルトフラッツに何のあてもなく、出かけて行った。そして、周囲の予想に反し、見事に40年以上も古いバイクで世界最速の記録を打ち立てたのだ。彼は、その世界において、まさにチャレンジング・スピリットの象徴として知られる存在なのだ。ちなみに、この映画は、クルマやバイク好きでなくても楽しめ、感動させてくれるイイ作品である。

そんな伝説の男たちを生み出すNZは、最近でも同種の人材を生み出した。伝説というだけに、病に倒れ、若くして亡くなってしまったジョン・ブリッテンという青年である。彼は、エンジンとライダーも走る機能の一部とする概念で独自のオートバイを作り、苦労の末、各地で連戦連勝を果たした。勝てなくても、ライバルたちの度肝を抜く走りを見せた。そんなバイクは、エンジンすらも自宅近くの車庫の中で、自身の手で作り上げたものだった。ブリッテン本人は裕福な家庭の出ではあったものの、そのバイクは、彼のアイデアと工夫の結晶で、彼は実家の援助はビタ一文も受けずに、自分の夢を実現し、早世したのだった。

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ここ最近でのNZのモータースポーツ界におけるヒーローと言えば、ようやく腕を活かせるクルマにありつけたF-1のマーク・ウェバーだろう。その前まではというとジョン・ブリッテンだ。バイクの世界で類を見ないユニークなマシンを自作し、それで世界中のレースで観客の度肝を抜くレースを展開し、NZ国民に勇気と誇りを与えてくれたのだ。そんなブリッテンは、95年に45歳のとき、皮膚がんでこの世を去った。その葬式は、まるで国葬のようだったそうだ。

そんなモーターオイルの匂いがプンプンするようなNZは、実は農業立国を宣言し、実現した、牧畜を中心とする農業大国だ。ブッチは、そんなNZでこそ作ることのできるフードなのだ。このことについての詳細は、次回にお送りする予定だ。

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前回は、日本の「食」に悩むミニチュア・シュナウザーの問題解決編だったが、今回は、再びNZに戻って、現地の犬事情についてをお送りしたい。以前にも書いたかどうか確かではないが、世界の各国、とりわけ先進国と呼ばれている国々には、SPCAというNPOがある。NPOとは、法的に「特定非営利活動法人」というもので、平たく言えば、特定の目的をもちつつも、それによる利益を追求しない団体のことを指す。資金は寄付等によってまかなうが、それを利益として追求することのない、特定の目的をもった団体、という意味である。

SPCAとは、英語でSociety of People against Cruelty for Animals、直訳すれば動物への虐待に反対する人々の団体、転じて動物愛護団体を意味する。対象は動物全般だが、力を入れているのは、絶滅種とヒトに身近なイヌネコである。SPCAインターナショナルと銘打たれたその本部は、米国のワシントンD.C.にある。そして他国のSPCAは、それぞれ独立した形をとりながらも本部と連携している、言わば支部的な存在であ。それはNZにもあって、その本部は同国最大の都市であるオークランドにある。その名称はSPCA Aucklandといって、同国内には、その支部であるシェルターを含む事務所が20カ所以上ある。また季刊だが、立派な機関誌を発行している。有名なところではPeTAというのもあるが、こっちは暴力も辞さずの過激派で、毛皮を着ている人にペンキをかけたりといった行動で知られる。米FBIにテロリストと認定されている某団体の資金源とも目されている。その点、SPCAは穏健派で保護活動も実践派ある。PeTAは、シェルター等の運営は一切していない。

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上は、その季刊の機関誌であるanimals' voiceで、summer 2009-10とある。そう、彼の地は南半球の国だから、季節が逆となり、年を越しての夏になるのだ。SPCA Aucklandはは、NZ国内に10カ所以上のシェルター施設をもち、ブッチ本社では、ブッチの愛用者と共にフードの無料支給支援活動をしている。

NZは、国旗の中にユニオンジャックがあることでもわかるとおり、英国連邦の一員である。英国連邦といえばペット先進国であるという印象が強い。実際のところ、英国には穏健派から過激派まで、SPCA以外にもペットの愛護団体のNPOがいくつもあるくらいだ。とはいえ、残念ながら、そんなペット先進国でも主役は業の深い人間であるゆえ、どんなにSPCAが頑張ろうと、動物に対する虐待行為は常に存在する。犬猫が捨てられ、ろくに食べ物を与えられないということが彼の地でも起きているのだ。そこは日本となんら変わるところはない。されど、彼の地の社会では、ペットとはいえ「命あるもの」であるとの認識がしっかりと根付いている。対する日本ではどうか。生命ではなく器物扱いされているのが現状である。

英連邦の中心である英国では、犬猫は、基本的にブリーダーから譲り受けなければならない、という決まりがある。だからペットショップに行っても子犬や子猫はいない。高層住宅の場合、正確なところは忘れたが、たしか5階か6階以上のフロアに居住する者は飼ってはならないという法律すらある。NZは、そこいらが英国とは、少々異なるので、ペットショップでも子犬や子猫が買える。しかも、ショーでの実績をとやかく言わなければ、その命のお値段は、日本に比べてはるかにお手頃だ。

そんなNZでは、よほどのところでないかぎり、公園等で犬にリード(正しい英語名はリーシュ)が付けられているところを見たことがない。なんとなれば、そのような規制がないからだ。リードが不要であるのは、それなりのしつけなりトレーニングがされていることが前提、という考えが当たり前のことなのだ。それは、人に迷惑をかけない、かける恐れがきわめて低い、ということでもある。さらに犬連れでない人も、犬の扱いになれている。とはいえ、場所によってはリードの着用は必要で、そういっった場所には、きちんとそうする旨の看板が立てられている。

でも、そこはそれ、犬社会のこととなると、それはそれで、ときたまいさかい等の問題は生じる。でも、だからといって、日本の飼い主のような過剰反応はしない。よほどの事態でないかぎり、噛まれて怪我したといって警察を呼ぶなんてことは、まず起きない。言いかえれば、犬猫とのペットライフに関してNZは、日本よりもはるかに成熟している国なのである。下の剣呑な状態も飼い主の一喝で、渋々ながらも収まっていたし、収まらない場合は、飼主が引き離し、ついでにとそれを機会に躾もしていた。

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動物の生命をきちんと命として認識し、愛護する対象とするNZにおける社会認識は、SPCAオークランドの設立された年を知るだけでもわかる。なんと19世紀の末なのだ。海外の、その世界においては、いまやブランド化しているといっても過言ではないSPCAだが、日本はその有無だけを見ても1世紀以上の違いがある。ブランドとは、また大げさなと思われるかもしれない。が、実際そうなのだからしょうがない。それにはちゃんとした理由があるのだ。

海外では、慈善を含む、国によって認定された特定目的でのチャリティ、寄付金については免税扱いにされる国々が少なくない。そういった国では、SPCAに対する寄付行為がその対象となっている。ゆえにSPCAへの寄付行為は、企業イメージを向上させるのにきわめて効果的であり、各国のSPCAは、大口の寄付をしてくれる企業を特定スポンサーとして、その名を公表している。そして、それらの中には、有名な日系企業の名がズラリと並んでいる。そこに自社のロゴがあることは、企業として名誉であり、尊敬されることなのだ。SPCAは、動物愛護団体における国際的ブランドとなっているというのは、そういうことゆえなのである。

ボクは、SPCA Aucklandの会長さんを含む面々と、当地を訪れていた米国のASPCAおよび全世界にある同組織の統括を担当するSPCA Internationalの方々をお会いし、夕食を共にしつついろいろと伺ったことがある。日本にはSPCAがない。しかし、あるべきだ。 いま、各地で独力で頑張っている各シェルターの支援のためにも必要だ。そのことを相談したところ、SPCA Internationalに認定されるSPCAを名乗る団体であるかぎり、それはNPOであるのは必須だと言われ、その理由を説かれた。実に明快な説明で、とてもよく理解でき、納得もできた。

ところが、最近になって、日本にSPCA日本を名乗る団体が登場した。しかし、同団体は、NPOでもなんでもなく、なんと社団法人である。つまりがSPCA Internationalからは認定されないのだ。問い合わせてみたところ、主宰者らしきオバサマが、「(設立に当たり)行政書士の先生が(社)のほうが設立しやすく、NPOは考えたことがなかったが、活動実績を積めばあとで(NPOに)なることもできると言われた」との実に眠たい回答が返ってきた。眠たいというのは、わかってない、という意味である。別な言い方をすれば、SPCAとしての運営ノウハウを海外のSPCAに相談をしたこともなく、したがって運営ノウハウも知らない、ということだ。しかしこのSPCA日本、企業への寄付要請活動は、熱心にやっているようだ。事務所の運営費や人件費といった固定費に寄付金が消えてしまわないことを願うばかりだ。

話をNZの犬たちに戻そう。ボクは、現地を訪れた際、時間を作っては緑の多い公園に足を運ぶ。また必ずシープドッグたちにお目にかかれる畜産農家にも立ち寄るようにしている。NZの公園は、ペットとペットオーナー以外にとっても天国である。木も多く、芝生もサッカーのピッチのようで、フッカフカの居心地満点である。犬たちは、そこで自由を満喫している。そんな公園の中では、剣呑な状態になっている犬たちもいれば、ご機嫌な仲良しグループもいる。芝生も、日比谷公園のように「芝生に入ってはいけません」みたいな野暮な立て札もない。あるのは、隣接する住宅地や幼児の遊び場、あるいは特定の公的施設のある区域によっては「リード着用」との表示があるだけだ。

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周囲は交通量の多い道路で近くには老人ホームと病院、そして大学がある。隣接した公園は、どれも犬を放すには、向いていない広さ。ということで、その一帯は、リードの使用が義務づけられている、これはそれを示すオークランド市の看板だ。

そんなペット先進国のNZで、意外なことも知った。それは、とある牧畜農家にお邪魔したときのことで、そこではペットと働く犬とのあいだに明確な線が引かれているのだった。そしてそれは、働くシープドッグとペットの犬の両方がいる農家では、どこも同じの当たり前で常識的なことでもあったのだった。それは何かと言えば、働き手のほうのシープドッグは、飼い主の住居の中には入れないのである。寝るのも、休むのも家の外なのだ。とはいえ、ちゃんと居心地のよい小屋なり納屋が用意されている。働く犬が家に入ることが許されるのは、引退後のことなのだ。

ところで、牧羊犬の仕事は楽ではない。追っかけ回し、グループにまとめて移動させてと言うのは簡単だが、あれだけ多いと向こう気の強い羊もいて、反撃もくらったりすることもあるのだ。さらに、まとめて進ませる方向は、牧場主の笛の音ひとつで瞬時に判断される。でもそれを嬉々としてやっている彼らを見ると、この犬種をペットにするなら、飼主にも、それなりの覚悟が求められるとボクは思った。働くDNAがあるのに、それをヌカれた運動の少ない生活を強いられるのは、けっしてその犬種にとっては幸せではないからだ。働く犬、NZにおいてその代表的な存在と言えるシープドッグたちは、誇りもある。引退して飼主の家で惰眠をむさぼれる状況になっても、仕事をしようとし、仕事がしたいと鳴いて訴えるそうだ。

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いっぽうのペットの犬は、住居の中に入れるし、家の中で寝る。彼の地では、それが当たり前のことなのだ。犬も犬で、そういう世界に生きているので、それが何かしらのトラブルの原因になることもない。ひとことで言えば、そういうものなのである。そんな世界を見ていると、いわゆる群れの中での順位という概念は、ペットとしての犬のいる家庭においても同様と考えられている日本の風潮に違和感を感じさせる。犬は群れで生きる動物であり、群れにリーダーがいることにまちがいはない。けれど、そこんはヒトの視点から見た常識とか感情論が入り込む余地はないのだ。日本では、なんでもおセンチ、あるいはセンチメンタリズムで片付けられてしまう傾向が強く、それが勘違いの原因になっているようである。

実際に、家族の誰かしらがペットの犬に「目下」となめられる、または軽んじられる存在となるケースがあることは考えられる。でも群れにおけるリーダーうんぬんのコンセプトは、それをそのまま家庭にも延長できるのかどうかについては、どうか。NZでの現状を見ると、これまで言われ続けてきた日本での考え方が受け入れにくいとも感じるのだ。

要は、家庭、あるいは犬との生活の中での規律のあり方である。そこにのっけから群れという概念だけを持ち出すのは、わかりやすいようで、その本質からズレることが生じる恐れがあるような気にもさせられるのだ。言いかえれば、それは犬を含めての家族の問題のあり方ではなかろうか。犬を含めた生活の場での規律のあり方、とでも言うべきか。犬や猫を飼う、というよりは犬と暮らす、猫と暮らすかという根本的な考え方の出発点にズレなり、違いがあるような気がするのだが、いかがだろうか。誤解を恐れずに言えば、犬との暮らしの中での順位を考えるとすれば、1に規律、2に運動、そして3に愛情がくるべきで、ペット先進国では、それが常識に近いレベルで認識されている。日本ではどうか、往々にして愛情がトップにあって、規律と運動がなおざりにされてはいまいか。と、オクは感じてしまうのだ。

公園では、犬と家族が楽しくも穏やかな時間を過ごし、畜産農家では、仕事においては欠かせない有能な従業員として牧羊犬たちが活躍している。牧羊犬に多いのはボーダーコリーだが、中にはシェトランドシープドッグもいる。そして珍しいところでは、モスコウ(日本での表記でいえばモスクワだ)シープドッグなんていう、ジャーマンシェパードの兄貴分みたいなのもいる。兄貴分といっても、言ってみればバスケをやっている長男坊で、ジャーマンのほうは文系の三男坊という感じである。それは一見すれば、すぐにわかる。

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この状態にならんで伏せした状態で待ってもらうには骨を折った。左のラブは、相当に大きなほうである。なのに、モスコウ・シープドッグは、かくもというくらい大きいのだ。遊んでいるうちに、ちょいとハメをはずされたときは、大変な思いをさせられたボクであった。

一般的なジャーマンシェパードを文系の三男坊というのは、モスコウのほうがはるかに大柄だからだ。ある農場にいたペットのラブラドールも相当に大きかったが、モスコウ・シープドッグは、それをはるかに凌駕するデカさなのだ。やはり、生物学的にいうところの「同種であれば、より寒いところのほうが大型化する」というのは本当のようだ。うちのスミレも寒い地方出身だからか、日本犬保存会の定める天然記念物としての柴のメスの標準を大きく超えている。言ってみれば、柴犬界の和田アキ子という感じだ。

そんなワケで、スミレは、柴犬としては手応えのあるサイズだが、ボクと奥さんの愛娘も同然の存在である。そんなスミレが、あれだけやせ細り、弱っていたのが、これほどまでに回復してくれたのもブッチのおかげだ。こうして、このブログが皆さんに読まれることとなっているのも、その苦労を乗り越え、また別な山々を越えてやってこれたからだ。そうして海にたどりつき、木製の手漕ぎの小舟で出航したばかりで、まだまだ時化や嵐も体験していくことになるのだろうが、いずれは船外機もつけ、船体もよりしっかりとしたものにして行きたいと思っている。

今回の最後に、NZで出会った犬の飼い主たちにフードのことを聞いてみたら、やはりブッチをはじめとする、チルドされたロールフードを利用している人のほうがドライの利用者よりもはるかに多かった。羊たちを追っている最中にそうそう水を飲める機会はない。となれば、食物に含有される水分量が重要になってくるのは道理である。ドライは、水分量があまりにみ少ないので、一時的に脱水症状に似た体調になるじゃないか、とそう一般の飼主さんに言われたときにはビックリした。でもって、それを補うだけの十分な両の水を飲んでくれるかと言うと、そうでもないというのも問題なのだ。

と、いろいろと書いたが、犬好きなら、NZへドッグウォッチングの旅に行ってみるのも一興ではないだろうか。日本とNZとでは、検疫上の優遇措置も多いので、愛犬を連れていくことも、そう難しいことではないはずだ。またそれは逆もあり、ということでもある。ところで、下の写真は、健康を回復し、すくすくと育ったスミレの2歳の誕生日のスペシャルディナーで、両面をさらりと焼いたNZビーフのステーキディナーをサーブしたときの写真だ。軽く焼いたのは、そのほうが風味がグンと上がるからだ。スミレは、ペロリンと下を出し、そしてそれをペロリとたいらげた。

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NZ最大の都市、オークランドである。海はすぐそこで、ちょいと船で出るだけでとてもきれいな海であることがわかる。ニョッキリと高いタワーは、TVと電信電話用の電波塔で、オークランドのランドマークである。正直、ボクニとっては非常事態に近い、怖い状況だ。

ヘリコプターは、小型であればあるほどコワイ乗り物である。とくに高所恐怖症気味のボクにとって、それはいっそうのものとなる。そして何とまあ中のウルサイことったらない。なんとなれば、小型で軽量なぶん、薄板一枚かそこらの向こうでエンジンが唸りをあげて回り続けているからだ。「刻み器」を意味するチョッパーとも呼ばれるブレー状のヘリの回転翼の空気を切るか叩くかしている音も機内に情け容赦なく侵入する。だもんで機内には騒音が響き渡っているのだ。肉声での会話なんて、常に怒鳴り合いとなる。普通の声でなんて到底無理な世界なのだ。

そこで乗員は、全員が完全なクローズドタイプ、つまりが外界の音がシャットアウトされるお椀型のヘッドホンとマイクがセットとなったインカムをつける。お椀型のヘッドホンの縁には、クッションのきいた耳の周囲で外ぴったりとフィットするので、外にも音は漏れないし、中にも外の音は入り込まない。横から口元に伸びるマイクは、わざわざ入力に鈍感な感度の低いタイプが使われていて、それを唇に触れさせてしゃべる。なぜかというと、そのままちょいと大声気味で話せば、エンジン音等のノイズをひろわず、ヘッドホンを介して全員がその声をストレスなくモニターできるようになっているからだ。言い換えれば、独り言もボヤキもすべて筒抜け状態である。

前回お送りしたように、ヘリは、山羊の群れのいるお姉様のお宅の裏庭から飛び立った。そして窓からの光景はというと、オークランド市街の、文字通り俯瞰状態である。そんなところでジェフが口を開いた。

「ヘリの乗り心地は、どうかね? ミスタ・ボンド? まさか高所恐怖症なんてことはないよな、だとしても、もうとっくに遅いけどな」

「.........」

「ミスタ・ボンド、大丈夫か? もしかすると聞こえていないのかな? まさか寝入ってる なんてことはないよな。フム。ジョン、ちょいとこの小鳩を海のほうに急旋回させてみて くれ」

ジョンとおぼしき名のパイロットだか操縦士が「アイ」と、つまりが「了解」と応えるや否や、ヘリは真横になって湾の、つまりが海のほうにギュイ〜ンと急旋回した。

「ワ"〜〜〜〜〜〜!!!」

つかまれるところを手探りで見つけては、手が白くなるほどの力でつかみながら、ボクは絶叫した。

この恐怖は、ジェットコースターが真横になって激走しているどころの騒ぎではない。国際ラリー選手権を戦う無謀とも言える走りのクルマに同乗させられるのともちがう。なにせ地にが足に着いていない状態なのだ。全身が宙に浮いているのだ。そんな状態で「小鳩? 海? なに?」と思った直後にこうなると、もう理性を失う。テキスト化するとすれば、本来は濁点がつかないはずの文字にそれがついたとしか言いようのない声でボクは絶叫した。そしたらジェフがゲラゲラと笑い、ジョンはウププと笑いをこらえた。

「おお、起きてたか、ジェイムズ。それはなによりだ、この景色を見とかない手はないぞ。あれがタワーで、その8時方面のところに会社があるんだが...」

「......た、たのむから......、急旋回は勘弁してほしいな......」

「ああ、ちょっとクスリが強過ぎたみたいだな。わかったわかった。ジェイムズすまん。ジョンもわかったな。わかったんなら、反対方向に旋回してみろ」

「ワ"〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!」

「ジェフさん、こちらのお客さんの声があまりにでかいつうか、ウルサイのと、けっこう青くなってるんで、ちょっと...」

「わかった、わかった。スマンな、お二方、もう安全飛行でいこう」

ようやく安定したヘリの飛行に慣れ、落ち着きを取り戻しつつ市街地を抜けると、眼下の光景が一変した。なるほどなあ、映画のロード・オブ・ザ・リングスとか、自然の絶景が勝負みたいなロケーションには、この国はうってつけなのだなあと、あらためて思った。とにかく、街と街、というか人のいるところといないところの間は、緑というか、自然の景観しかないのだ。メリハリが効いているというか。俯瞰でも、北半球のそれとは少々異なるタイプの自然であることが見て取れる。

人口の10倍いると言われる羊もわんさかいる。緑の絨毯の上に点々とある白い移動するマット状のがそれだ。ヘリでの飛行は、眼下が自然な景色だと、思いのほか緊張しない。ハリウッドのアクション映画のドンパチ・シーンの中で、市街地にヘリが真っ逆さまに落ちて、なんてのを見すぎている弊害なのかどうか、それはわからない。とはいえ、緑と自然の景観は心を落ち着かせる効果があるのはまちがいないようだ。日本だと、たとえば新幹線で東京から大阪に行く際、車窓からの眺めが自然一色になるなんてことは、まずない。あっても一瞬と言っていいくらいだ。ところが、この国は、国土対する人口密度が低いせいもあってか、自然と市街のメリハリが効いていて、なんというか、とてもよいのだ。

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転じて海のほうを見れば、それはきれいな南洋らしいブルーで、コンテナヤードのスグ近くが、そんな状態にある。進むうちに見えてくる小さな湾のあちこちには、カキの養殖場である牡蠣棚らしきものが見える。そういう湾は、必ずと言っていいほど山のふもとにある。湾内は、雨で流れ入る山からの栄養分に満ちていて、牡蠣や貝類がよく育つのだ。ちょいと湾の外に目を移すと、白い海鳥の群れが、その隊形を微妙に変化させながら飛んでいるのが見えた。パイロットのジョンがによると、その下にはクジラがいるという。つまりが、隊形の変化は、クジラの位置やなにやらで変わっているのだ。

ところで、このヘリの座席は計4席で、前後は小窓を残して壁で遮られている。身体も5点式のベルトでしっかりと座席に固定されているから、楽して後を見ることは難しい。というか、振り返ることもままならない。下の写真は、しばしパァ〜ッと晴れ渡った際にバシバシと撮影した中で唯一きれいに撮れた海岸線だ。国内最大の都市からすぐの郊外がこんな調子なのだ。その光景に見とれていたらジェフが口を開いた。

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「ジェイムズ、集中講義のほうは、どうだったんだい? いろいろと学べたか?」

「そりゃもう。あれだけ勉強したのは、久しぶりだったから、頭の毛穴という毛穴から蒸気が吹き出すような思いをしたよ」

「そりゃキツかっただろうな。思い切り詰め込みの突貫でやったからな。ムチも出たか?」

「7〜8回出た。直接的には、二の腕と手の甲に一発ずつで、あとは机の上だった。先っちょが切手みたいに平べったいやつだったよ」

「ああ、あれは痛いんだよな。わかる。そうそう、ところで、どっちから教わった?」

「え、どっちからって、どういうことかな? メガネをかけていないほうのミズSのほうだけど...」

そこで、思い切り首をまわして左後ろの4時の方向にいるジェフのほうを見ると、やっぱりな、という感じでニヤニヤしている。これは、なにかありそうな気配だ。

「そっか、そっか、見事にしてやられたな。まあ、より現役に近いという意味では、ミズHは、ついこのあいだまで開業してたし大学でも教えてたし、機関銃みたいにしゃべれるしな。ジェイムス、集中講義の内容だが、すべてのカリキュラムは、メガネのほうの女性が決めたんだよ。」

「え? あれは、先生のお姉様...」

「じゃないんだな。二人共、元獣医師にして博士でもある。すでに引退していて、同居もしている。ところが、メガネのほうがミズSなんだ。教師役はミズHっていうんだ」

お姉様と言われ、ミズSという名と信じていたほうは、ブッチ社のオーナーであるジェフのご両親が、製品の研究を依頼していた縁で長い付き合いのある、元獣医師にして、動物行動心理学やら、栄養学の教授であり博士とのことだった。ムチの使い手でもあるミズHは、いい年こいた学生にも容赦なくムチを振る、ということで恐れられていた博士にして、ついこないだまで獣医医院の開業もしていた教授だったそうだ。同じ獣医学部で同僚であったミズSとHは、元教師とその教え子であり、2年前まで獣医として活躍していたのだった。

面倒なので、もうお姉様と呼ぶが、彼女は3年ほど前に脳梗塞を患い、それ以来、人見知り気味になってしまい、あまりしゃべらなくなった。緊張すると言葉を思いついても口に出ないことがままあるらしい。だから、ジェフの母君は、ちょうどいいからボクに得意分野の詰め込みをしてもらい、食の大切さを、そして、かつて鬼教師とも呼ばれた彼女にも、それを機会に別種のリハビリとして利用してもらうことで元気になってもらおうと、コトを仕組んだのだった。ボクは、女性陣の手のひらの上でコロコロと転がされていたも同然だったのだ。ジェフがいった。

「そういえば、ひさびさに面白く楽しい時間を過ごせた、と二人が言ってたそうだよ」

賢明な読者ならすでにお察しのとおり、お姉様と妹と思っていたミズSとミズHは、いわゆるパートナーの間柄なのである。

そうしてなんやかんやと時間が過ぎて到着したブッチの創業者であり、ジェフのご両親のお宅は、NZでもっとも美しいとされる湾を一望する小山のてっぺんにあった。大きくご立派な家ではあるが、こざっぱりとしていてイヤ味のない、趣味のよさを感じるお宅だった。立派なプールもついているが、そのお値段たるや、日本人なら、誰しもがヘナヘナと腰砕けになるような額だった。

よく来たわね、そしてよく頑張ったわねと歓待され、到着するや、心づくしの昼食をいただいた。下の写真は、その準備ができるまでの食前酒タイムである。ボンド・シリーズでいえば、ラストの問題解決で大団円を迎えているシーンみたいなものだ。下戸のボクは、オレンジジュースを手にしている。三角グラスにオリーブとソーダ水でキメたいところだが、ヘリから降りることがえきただけで、ホッと一息していたというのが本当のところだ。

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なんと、出されたランチは、アジア風にアレンジしたアワビの炒め物とてんぷらだ。このアワビ、日本では、見たこともない青い色をしていた。南半球には、北とはちょいと異なるものがいろいろとあるのだ。小ぶりだが美味しいそれは、湾と反対側の山のふもとで、養殖されているのだという。湾から海水を引きたいというので、了解したら、料理上手なので、今日も来てもらっているとのことだった。英連邦にはフィッシュ&チップスというのがあるので、それをそのまんまアワビでやってみたということだ。

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アワビのてんぷら等々のワンプレートのランチ。添えられているのは青梗菜の炒め物だが、野菜の味に力があって美味しかった。土がいい証拠だ。家庭菜園は朝飯前の親父、そして調理士であり、栄養士でもある元フードコーディネータのお袋の下で育ったボクは、野菜の味には敏感なほうで、これはもう太鼓判の合格だ。アワビよりも青梗菜のほうをお代わりしたくらいの美味さだった。

家といい、家からの景色といい、ただうなずきながら聞いているしかないことの数々といい、ジェイムズ沈没である。為替次第ではあるものの、なんでNZの物価はこうも安いんだ? 銀行利率は高いことから、経済的にも安定していることが伺える。しかし、なんといっても、このりっぱなお宅のお値段だ。ここではいくらとは明かさないけれど、日本の首都圏ベッドタウンの一戸建ての価格がアホらしく感じられるほどである。

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女王陛下ことロレインと、さしづめエディンバラ公にあたるイアン・ロビー夫妻だ。ご夫妻の愛犬は、コーギーならぬ、グレーのミニチュア・シュナウザーだった。

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ブッチの創業者であるイアンとロレインのロビー夫妻、そして彼らの住む小山のてっぺんにあるお宅とそこからの眺めだ。まあ、その素晴らしいことったらない。お客との食事のためのキッチン付きの離れのダイニングまで、あるのだ。ウ〜ン。もう国土、人口密度と文化の違いだ。

イアンとロレインのロビー夫妻は、引退を決めるや即座に市街地を離れ、オークランドから南東にクルマで3時間ほどのところにある、前述した「もっとも美しい」とされる湾を望むお山とその周辺の地所が税金対策で売りに出ていたので、そこを手に入れ、そのてっぺんにいまのお宅を建て、そこで優雅な引退生活を送られている。優雅と言っても、ヒマを持て余している隠居生活ではない。そこは英国連邦の中でもDIY精神がひときわ抜きん出ているとされるキーウィ(NZ人のことだ)である。ジェフのおとっつぁんのイアンに買ったばかりの自慢の品だと見せられたのは、中古のコマツのブルドーザーとユンボだった。

ロビー夫妻の地所には、牛も羊もいる。ロレインが、ラマを飼いたいと言って困ってるんだと言ってイアンが笑った。ラマを飼いたい...だと?。NZは、それができる人口密度の国であり、お二人は、それは広い地所をお持ちなのである。ジェフはやめとけと大反対していたが、女王様の決意は固いようであった。そんなロビー夫妻をして、成功者と見ることには異論はない。しかし、彼らがしてきた苦労は並大抵ではなかったこと、そして成功が犬の健康回復と維持への貢献によってもたらされたものと思えば、マネーゲームで成功している連中に比べれば、もう聖人も同然である。少なくともボクは、そう思った。

そんなこんなで、007の物語は、大団円を迎えることとなった。だが、そんな頃、日本のお仲間さんたちの間からは、愛犬たちに健康トラブルが発生して困っているという知らせが届いていた。その筆頭は、小雪ちゃんという名の白いミニチュア・シュナウザーで、あらゆるドッグフードに対してもハンストを決行しているということで、飼い主夫婦は、おお弱りな様子だった。

その小雪ちゃんのためにも、ブッチをできるだけ多く手持ちで、しかも早くお願いしたいという要請だった。心配ご無用。ジェイムズは、とりあえずの危機をどうにか乗り切った。そのうえ、肝心要の安全証明も、たぶん難なく手に入れられる状況にある。そう、007の本番というか冒険は、まだはじまったばかりなのだ。

下の写真は、ヘリが飛んでいくのを見るや、今度はわれわれを見物しに、逃げ隠れていた裏庭の奥から走ってやってくる山羊たちである。悪の組織、スペクターに差し向けられた刺客である。ボンドは、早いとこ逃げて、お国の犬たちを救いに行かなければならないのだ。

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のっけから、なんだこの写真は、と思われた皆様、読み進んでいけばワカリマスので、そのまま先をどうぞ。

講義3日目の早朝、命じられたとおり、住所の書いてある紙をホテルの玄関前に止まっていたタクシーのドライバーに渡すと、発進するや運転手はダッシュボードのラジオのスイッチを指差して言った。「なあ、このスイッチを押すとな、後部座席がルーフを突き抜けてお客さんは外に飛び出す仕掛けになってる、なんてこたぁないから安心しろや。ヒャッヒャッヒャッ」

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上の写真は、007の「ゴールドフィンガー」で登場したボンドカーの第一号としても有名なアストン・マーチンのDB5で、となりで銃口を向ける敵の一味をこのようにして車外に放り出した。そのことを言っているのだ。てことは、こっちのトシを見事に読まれたということだ。さすが、犯罪組織スペクターの差し向けたタクシーの運ちゃんだ。ちなみにこのミニカーのメーカーは、コーギー社といって、犬のコーギーがトレードマークだ。このミニカーは、その年の英国のオモチャ売り上げダントツの一位だったらしい。実は、ボクも持っている。

前夜、フロントに朝の5時半にタクシーはいるよね、と聞いたら、もちろんおるはずですし、いるようにさせておきますのでご安心を...。とここでいったん切って「ミスタ・ボンド」と返答された。もうこうなったら毒も苺も食らわば皿までだ。もう完全になりきってやろうじゃないかとココロに決めた。とはいえ、この、なんちゃってボンドは、完全な下戸である。養命酒でも、体調によってはクダを巻いてしまうくらいだ。そんなワケで、バーに行って、ドライマティーニをオーダーして、「ステアでなく、シェイクしてくれ」なんて気の利いたことも言えない。

仕方がないからコーヒーショップを兼ねたダイニングの入り口に近いカウンターの席について、同じことをコーヒーとミルクシェイクをオーダーするときに言ったら、ウェイトレスに、こいつは正真正銘のアホかという怪訝な目つきで見られた。そしてキッチンのドアのほうへ消えた。ミルクシェイクをステアして作る奴はいないよな、たしかに。そしたら、そのやりとりを見ていたレストランのマネージャーが、こりゃマズイと、キッチンのほうへとすっ飛んでいった。すると、キッチンのドアの丸い小窓から、くだんのウェイトレスの顔が登場し、こちらを見るやスグに消えた。そしてドアの向こうから悲鳴のような笑い声がした。ああ、彼女はこの東洋のボンドのことを知らなかったんだ。それがわかるや、ボクは、とても恥ずかしいやるせない気持ちになった。

ついでにサンドイッチをオーダーし、コンビニのような店で買った飲み物を持ち込み、部屋で予習復習をはじめたのが前夜のことだった。そして、いま、ホテルのスタッフではなく、タクシードライバーにまでからかわれたワケである。そして20分ほどのところにある先生宅に到着したら、バッドニュースがあるの、ときた。悪い知らせ、である。この場合、素直にそうなのか、実は自分にとっては逆の意味なのかと考えた。そしたら後者だった。

聞けば、そこから距離にして400kmはラクにある、マッセイ大学獣医学部に併設されている大学病院のほうを見学する予定だったが、先方から、緊急往診が入り、ついては、われわれが来てもケアができない。よって、今回は見送ってほしいと言われ、それを承諾せざるを得なかったということだった。そうか、それは残念というか...うん?  ちょっと待てよ...。

「いま400kmはラクにある、っておっしゃいましたよね。昨日、3時間半かかる運転をお願いねとも言われました。それって、平均時速100kmを超すってことになると思うんですけど...」

「思ってたよりは、アナタはバカじゃなかったみたいね」

「思ってたよりはって...。それに、地図見ると、山やら峠やらあって、実質的な距離は 
 400kmどころじゃないんではないかと」

「そうね、それもその通りよ。でも私の甥っ子の記録は3時間半くらいだったのよ」

「記録って、なんですか?」

「私を大学の附属病院からここまで送るまでの最速記録よ」

最速記録って、なんのことだ? 再短時間ならわかるが、ファステスト・レコードとか言ったよな。もうワケがワカラン...。

「あのですね、甥御さんは、地元の方で、土地勘もあるし、ラリーの経験があるくらいの
 腕前なのでは...」というところで、話を先生にさえぎられた。

「そう、そのとおり。甥は世界選手権級ではないけれど、国内大会のトロフィーを何本も もってるラリー・ドライバーなの。それは運転が上手なのよ」

「上手なのよって、先生...」

「冗談に決まってるじゃないの。そう言って驚かせておいて、実はヘリコプターで行くは
 ずだったのよ。残念ねジェイムズ。007とヘリは付き物なのに。でも甥もヘリのことも 本当よ」

ボクは、もう何がなんだかワケがわからなくなってきたのだった。

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NZは大自然の国で、都市部以外での渋滞ポイントが少ない。とはいえ、山あり谷あり、峠ありの世界なので、直線だとこんなものかと踏んでいたら、とんでもない距離を走ることとなる。さらに、乗り物酔いしないはずの同乗者がクルマ酔いを経験するということもままあるという。あらためてパルマーストンというマッセイ大学のある街とオークランドの距離を確認したら、NZのJAFであるAAのガイドによると500km+とあった。もうホントに食えないおばちゃんたちである。上の写真は、その甥御さんの勇姿だそうだ。このクルマで4時間を切ったとはねえ...。

先生の提案で、なにはともあれ朝食をお宅でいただき、栄養学でも一家言あるという、コネのある獣医師の病院に伺うこととなった。言ってみてビックリ。もうちょっとした病院である。日本にも、同じようなところがあるとは聞いているけれど、実際に動物のための歯科やらコンサルテーションまでやっている獣医クリニックを見るのは初めてだった。栄養学にも一家言あって、その医師が厳選した原材料でカスタムメイドされたペットフードもあって販売されている。それはどのようなものかと言えば、まずドライだ。でも、脂質を極力減らし、供与する際にチョロリとかけてあげればいいオイルがひとビンついてくる。なるほど、これなら酸化防止剤もいらない。

日本にも、同じことをしている獣医師がいる。八王子の須崎さんという方で、お目にかかったことはないが、脂質ゼロに近いドライフードを製造してもらい、それを販売している。同氏は、給与する際に植物油というか脂質を加えればいいと言われている。要は、不飽和脂肪酸を多く含む油脂を給与の際に加えれば、酸化防止剤を添加する必要がない。言いかえれば、酸化防止剤が添加されているフードはいらない、ということで、それは安心につながる。酸化防止剤にはコワイものが少なくないのだ。そこまでしている獣医師も日本にもいるのである。

氏は、手づくり御飯とかフードという風潮の発信源でもある。でも、それを曲解している飼い主は少なくない。それが高じて、最近では須崎医師をも御神輿に乗せてワッショイとやりかねない動きがあるようだ。氏も弁が立つようで、それはそれで一向に構わない。だが、必ずしも必要でない代替フードなる妙なネタを下敷きに、法人格もハッキリしない協会を起ち上げ、栄養学のインストラクターを育成する、いわゆる資格ビジネスをはじめたというのは、どういう風の吹き回しなのだろう。人気が出たら資格ビジネスという風潮に乗ろうという、ことなのだろうか。それだけがこの須崎医師に対して感じる暗雲だ。

ところで、下の写真は、同医院で検診中の雑種犬である。毛の色がスミレ風で、利発そうな顔つきで可愛い。病名はわからないが、元気そうに見えて、実は重病らしい。人懐っこく利発な彼は、この検査の後で今後の治療の方針が決まるらしい。で、どうやら、それには前脚の切除が避けられないらしい。頑張れワン公。ボクは前脚一本で元気に生きている犬たちを知っている。どうなかなるさ、頑張れよと言って頭を撫でたらペロリと顔を舐められた。

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それはともかく、昼まであと2時間はあるなという頃合いでお茶の時間となった。さすが英国連邦である。お茶の時間は大切なのだ。お茶にまつわる表現も多く、気に入ること、気に入ったことををMy cup of tea といい、そうじゃないときは、Not my cup of tea とか、Not my kind of cup of a teaという。A cup of の部分は、カッパと聞こえるので、ところで尻子玉というものを知っているかと言ったら、それは何かとしつこく聞かれた。

ああ、言うべきではなかったとつくづく思った。カッパの存在からして説明するのが面倒なことを失念していた。ジョークだと言っても、ダメだ説明しろと、しつこく聞かれたので、そもそもと河童とは、と説明したら、先生は無論、院長も含め、手の空いている病院にスタッフからもマジマジと聞き入られてしまった。もしどこかでNZ人に会う機会があり、その方が、河童にヌカれると言われているシリコダーマのことを説明されたら、その発信源はボクだ。

そうこうしているうち、先生の携帯が鳴った。それに出て二言三言話すと、先生は、それをお姉様に渡した。お姉様といえば、笑い声か驚嘆の声以外、聞いたことがなかったら、どんな声で話すのか、どんな感じなんだろうと聞き耳を立てた。そしたら、フンフンとうなずいてから、電話をボクの方に差し出した。はて? と思い、出たらジェフだった。

「ジェイムズ、急な話で悪いが、お前さんと一緒にお袋のところでちょいと遅めの昼食をとることになった。だから、会社まで来てくれ。そこの近くからチョッパーに乗っていくから、悪いが急いでくれ」

「チョッパーって、ヘ、ヘリコプターのことか? 先生たちも一緒か?」「いや、彼女たちは来ない。でもすべてを心得ているから、あとはガールスたちにまかせていればいい。ここまで送ってくれることで話はついてる。じゃあ、あとでな」

それでオシマイである。ところで、いま、ジェフは、先生たちのことをガールズとか言ったな...。

え、いったいぜんたい、どういうことなの?  ガールズ、てのはこのおばちゃま二人のことで、彼女たちが道案内してくれないとならないし、、まあ行くしかないんだけれど、それにしても、どういうことだ? と思っていたら、お姉様が口を開いた。

「よかったわねジェイムズ、ユア・ハイネス(女王さまのことだ)の謁よ」

そう言って、ボクの口に飴玉を押し込むようにして入れると、彼女は、先生と目を合わせ、二人で「オッホッホッホ」と優雅に、そしてなんだか力強く無気味に笑い出したのだった。ボンドに危機は何回訪れるのか。とりあえず高所恐怖症のボクは、ヘリと聞いただけでシオシオ状態になっていたのだった。

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本稿冒頭の写真は、そのヘリから撮影したものだ。そして上は、実は乗りたくないココロのボクとジェフだ。ヘリのお迎えは、ジェフのお姉様の家の、それは広いお庭だった。どれくらい広いかと言えば、そこには庭の雑草対策に山羊の群れが飼われていたくらいだ。住宅街にあるお宅の裏庭に山羊の群れ、である。危機一髪どころじゃない気がしてきた。

山羊の群れは、ヘリの着陸で裏庭の奥の方へと逃げていったが、どこにも変わり者というか、好奇心旺盛なやつがいるもので、そのうちの一頭が、近くの小屋の下にいてメエエ! と鳴いてボクを驚かせた。もしかすると、こいつがスペクターの首領で、ヘリには時限爆弾が仕掛けられているのかもしれない。ことによるとヘリから突き落とされるのかもしれない...、などと妄想ばかりがボクの頭を支配していた。そうしているうち、いざ、出発となった。スミレ、父ちゃんは危機いっぱいだよ。あ、おっかさん、もね。

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全30頭がとこいる山羊の多くが50mは先のあっちの方向に逃げているというのに、こいつだけは、われわれお近くの小屋の下に身を隠し、なんやかんやとちょっかいを出してくるのだ。広い庭のお手入れには山羊を飼うのが一番というのが、NZでは当たり前のようである。彼らは雑草をもりもりと食べ、しかし芝とか花壇には悪さをしないらしい。フ〜ン。街っ子の私には要わからん世界だ。

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なぜヘリなのか。渋滞と悪路を避け、ブッチ社の創業者ご夫婦の住むところまえ一気にいけるからだそうだ。土壇場までゴネようと思ったが、早々にあきらめて機上の人になる決心をしたのだった。なんせボンドなんだもんね。

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何も出ない嘔吐をするスミレ。健康状態は、かなり回復していたものの、クセになっているのか、実際に嘔吐感を感じてのものか、ときおり、このような状態になることもしばいばだった。うれしいことに、いまはほとんどない。

講義2日目の朝は、ベッドではなく床にうつぶせで寝たものの、それ以降は前日のごとくはじまった。違うのは、女性陣が先に来ていて、すでにブレクファストを終えようとしているところだった。同じ席につくべきか、それとも見つかりにくい別な席につくべきかと思案していた所、おせっかいなウェイターが、ボンドさま、お連れ様がお先にお見えです、と言っているのがわれつぃまうと逃げ場がない。そしたら、早くこっちにいらっしゃいと先生に手招きされた。断るのもなんなので、同席した。

どう、復習はした? 予習もできてる? と、おっとりと聞かれた。お姉様は、ボクの顔についている辞書のヘリの部分が当たってヘコンだあとを指で不思議そうになぞっている。年を食うと、こうなるのだ。お姉様ではなくボクのことだ。ピチピチさを失ったぶんだけ、辞書を開いた際にできる谷間に顔をうずめて寝た跡がなかなか消えてくれない。その跡をお姉様は、無言でなぞる。まあ、ちゃんとお勉強はしていたみたいね、それはいいことよ。と言いながら先生はほめてくれた。

「あのね、あなたのス、ス、」

『スミレです、Sue-Me-Ray(レイ、アタシを訴えてよ、ともとれる)と発音します。意味は花のヴァイオレットのことです』

そう言うと、先生は、んまぁ〜ステキなお名前ねと言い、お姉様も同様にうなずいた。

『レイ、アタシを訴えてよ、と覚えるといいです。スゥミと呼んでます』

「そんなことはどうでもいいの。あなたの宝石のようなスミはね、まちがいなく消化器系か腎臓系の疾患で、それはドライフードの酸化防止剤、あるいは中国と米国のバカ共の製品が最重要容疑者で、離乳後から長いあいだかかってそうなったものなの。けっこういるの、そういう子が。で、あなたはホームメイドのフードに切り替えて対処したのね」

『そうです、本やらネットやらで調べて、こちらのほうが明らかにベターだと思うものを作って与えました』

「で、どう変わった? よくなった?」

『ええ、かなり改善されたと思います。けだるさが以前ほどではないですから。とはいえ、 たまに嘔吐するみたいなことをして、その後はグッタリとなって横になって、何かに耐え るような顔をして、寝ます。そうするしかないみたいに。』

「そうね、同じような症状はこれまで沢山見てきているから、わかるわ。たぶんドライドッ グフードのある成分が合わなかったのね。ドライの場合は、消化することだけで体力を奪われてしまう。まずは体内の水分を奪われて、軽い脱水症状みないになる。で、そのあとに水を飲んでくれても、十分な量ではないの。いくら 栄養バランスがいいと言われても、油の染みたドーナツみたいなものばかりを食べさせられているような状態だったのだから...可哀想に」

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胃に何もないとき、たまにだが急な嘔吐感に襲われ、そのあとの虚脱感でになるだけのスミレ。これは回復しているときにもまま起こった。当初これが起きるとボクは、相当にビビった。触れられるのもイヤそうにするので、ただただ見守るしかなかった。

この後、スミレについてのヒアリングは続いたのだが、昨日の息切れ状態を考え、腹も猛烈に減っていたので、朝食はしっかりと食べておいた。オーダーしたのはイングリッシュ・ブレクファストだ。英国風ソーセージ(薫製していない、その名の通り、セージの香りも高い逸品だ。ソーは豚肉のことだ)に卵2個、焼いたトマトに豆、マッシュルームと相当にパワフルな朝食メニューだ。カロリーはかなり多めだが、今日は、燃料切れを起こしたくなかったのだ。

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このときの会話の中でお二人に大いに呆れられたことといえば、茶碗(ボウルと説明した)一杯のドライドッグフードをスープと共に食べたら、それはつらかったと言ったときだった。先生は、何かとても哀れなものを見るような目つきとなり、お姉様は寅さんの行状に呆れる義兄の前田吟のように首を左右に振った。まあ、ごもっともな反応だと思った。お二人曰く、技術の発展、そして米国における過剰なまでの畜産の工業化のおかげで、ドライフードの質は、相当に低下しているのだそうだ。知人に、大ブランドの研究者がいて、その現状を聞いてむかっ腹が立ったそうだ。いまや、多くの大ブランドのドッグフードは、多国籍企業とも言える大会社の傘下にあり、それはなぜかといえばドル箱だからだ。株主への配当をひねり出すための打ち出の小槌なのだそうだ。フムフム。

そんな話をマクラに前日と同様にはじまった講義は、少しは身体がなれたのか、当初はいくぶん余裕が感じられた。ところがどっこい、高波というかレッドゾーンへの突入は午後になってからやってきたの。昨日はジェットコースターだったが、今回は、崖っぷちぎりぎりの砂利道を、死を覚悟したような速度で駆け抜けるラリー車のようだった。無論、ドライバーは先生である。ジェットコースターは、ちゃんと強度計算された軌道上を走る。1日中乗りっぱなしとなるのはツライけれど、安全は保証されている。ところが、ラリー車となると、木に激突したり、横転したり、最悪の場合、崖を落ちて谷底へ真っ逆さまという事態もありうるのだ。2日目は、まさに手加減なしのそれという感じだった。

人間は、入力オーバーとなるとどのような反応をするか。過大なインプットを断ち切ろうとして睡魔が忍び寄ってきて眠りに落ちるのだ。このことは、以前、コンサート用PA、つまりが音響システム関係の仕事をしたとき、そして運転者以外は恐怖でしかない超弩級のスポーツカーの助手席に乗ったときに体験しているし、人がそうなるのをこの目で見てきている。大音量も、ハイスピードの恐怖も、度を超すと、それを制御する術がない側は寝込んでしまうのだ。まったく逆の状態ではあるけれど、アイスクリームの中に顔を埋めて寝込む幼児と同じようなものだ。あっちは電池切れみたいなものだが、こっちは言ってみればヒューズがショートするのだ。

そんなワケで講義中に思わずウトウトとしていたら、伝家の宝刀のムチが出てきた。この年になってムチ打ちはないよ。でもその痛さで睡魔は一瞬にして去った。と思ったものの、睡魔はまたやってくる。そんなワケでウトウト、ピシッの連続である。それが数回ほど続いたところ、今度は横に座っていたお姉様にイスを蹴られた。で、先生のひと言で完全に覚醒した。

「ジェイムズ、それでスミが助けられるの?」横でお姉様がそうだそうだとうなずく。そこでアタマをスッキリさせようと休憩となった。するとお姉様は、今度はボクのことをハグして背中を優しくポンポンと叩いてくれた。なんだか泣きそうになったが、そのあと、髪の毛と耳のうしろ、そして首の下をワサワサとやられ、けっきょくボクは昨日と同じく犬のような扱いを受けた。そこでふざけてウォフウォフと言ったら、お姉様はケラケラと笑った。でもその一瞬後には、またいつもの真顔に戻った。講義の再開である。

そうして2日目を終えると、今日はもう少しお話をしたいから、夕食を一緒に食べましょうとなった。で、行った店はというと、これが横浜の中華街の裏の裏にあるような、高級ではないが、好きなタイプの中華料理店だった。聞けば、お姉様かその友人がしとめた鴨だかなんだかをこちらに料理させてあるというのだ。二人では食べきれないので、店にも何羽かあげている。だから、お二方は、いつもそこでは高待遇なのだそうだ。で、出てきたのは、焼き鴨乗せ御飯みたいなワンプレートの料理だったのだが、これがとても美味しかった。やはり、われわれアジアンは、なんといっても米のメシである。

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これで邦貨にして約700円。ローストされた鴨とチャーシュー、そしてチンゲン菜が乗って、すーぷがついてのお値段である。NZは、やすそうな国である。国内最大の都市であるオークランドにしたって吉祥寺くらいだ。東京は異常なくらいデカイ都市だとつくづく思った。

ところが予想に反し、夕食の場での話とは、ボクが泊まっているホテルのことが主で、聞けば近々、米国から旧友が4人も来るので、どうだ、あそこを勧めるか、ときた。もうガックシ。なんだ、そんなことかと落胆していたら、追い討ちをかけるように、あなたが交渉していいレート(宿泊費のことだ)をとってくれるとうれしいわ、ときた。なんでまた? と問うと、だって、あなたは、あそこで人気者みたいじゃない、と言われたてウィンクされた。そう、ここはジョークのレベルとお茶目さでは世界一と言われる英国の連邦国なのであった。

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「それはともかく、あなたは、実際よくやってるわ。あなたがクルマだとすれば、相当に無茶な運転をしたんだけど、ちゃんと壊れずに走り切ってるわよね。何も知らないまま暴走するラリーカーに乗せちゃった、といった感じかしら。でも壊れないんだから立派よ。」

さすが、アンソニー・ホプキンス主演の映画にもなった実話、「世界一速いインデアン」を生んだ国だ。こういうオバサマからもラリーカーなんて言葉がポンと出てくる。 NZは、モータースポーツの盛んなところで、F-1の、あのマクラーレンの創始者、ブルース・マクラーレンを輩出した国でもあるのだ。いまではウェバーというのがF-1で頑張ってる。「はあ、ありがとうございます」ともう、そうとしか返しようがない。

「今日も本当に頑張ったわね。でね、これ以上のこととなると、もっと基本的な素養がないとついて来れない世界に行くことになっちゃうのね。そうしたら、あなたは、たぶん、この調子でやると壊れちゃうと思うのよ。」

お姉様は、同意とばかりにうなずいた。

「だから、明日は、獣医の働く場、動物病院の見学に行くことにしたの。そこをツアーして見学しながら、お話をして、それで明日は修了ということにしましょう。」

やったぜスミレ、父ちゃんは、どうやらあの講義から明日は解放されそうな感じだぞ、と思いきや、そうでもなかった。

「でね、その病院は大学の付属施設で、たぶん片道3時間半くらいかかるの。だから明日の 朝、タクシーに乗って家まで来て。クルマはあるから、運転をお願いね。車中で質問をするから、それに答えられるように第5章まで目を通して予習しておいてね」

第5章? 昨晩は、2章の半分くらいで電池切れを起こしたような気がする。てことは、ホテルに帰ったら、また英英辞書と専門語辞書の格闘である。あっら〜、と思っていたところ、お二人はディナーの残りを折り(ドギーバッグという)に詰めてもらい、早くしなさいとばかりにボクがドアを開けるのを待っていたのだった。ホテルに戻ると、さっそく教科書を開いて復習と予習をした。ちなみに、イヌの消化器系はこうなっている。エソファガスは食道で、アヌスはご存知の通りだ。こんなだから、英英辞書が必要なのである。

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このホテル備え付けの目覚まし時計は朝の6次を示しているが、モーニングコールが鳴ったのはその30分前で、これはシャワヒゲをーを浴びて剃り、あ、そうだと思って撮ったときのものだ。

講義初日の朝、ボクは、頼んでもいないモーニングコールで起こされた。時間も早く、なんで? と思ったが、その際のオペレーターの一言で、否が応でも目が覚めた。

Good morning, Mr. Bond」

ボンドごっこは続いているのだ。

ああ、そうだそうだ、そうだった。と思いつつ、顔を洗って歯を磨き、朝食を摂るために1階のダイニングに降りて行った。そして、入り口で待って席に案内されて着くまでのあいだ、ホテルのスタッフの全員がオペレーターと同じように挨拶してきた。それだけではない、朝食の席に案内されると、朝は朝食専門となるダイニングの早番の支配人に自己紹介され、その際に、先方は速攻でまずは自分の名を名乗り、そして見え見えの感じで、あなた様は? と目で聞いてきた。

まわりのスタッフたちの動きが止まる。コトの次第を聞かされて、その瞬間を待っている客さえいるようだ。状況を好意的に理そてもらえていることもあろ。となれば、期待に応えるしかない。

Bond,(一息おいて) James Bond」

ああ、言ってしまったよ。もう向こうの思うつぼだよ、おっかさん。そう言ったら、こちらを見つめていた、すぐそばのテーブルのご夫婦がゲラゲラと笑った。カウンターの中で、飲み物の準備で忙しくしていた若手の二人は、ハイファイブをしている。(ハイタッチではない、ハイファイブが本当で、そう言わないと通じない。UFOをユーフォーというのは日本だけなのと同じだ。)

パンにかじりついていれば、コーヒーポットをもったウェイトレスがコーヒーをお注ぎしましょうかミスタ・ボンドときた。なにをしてもミスタ・ボンドで、先が思いやられた。すると、昨日お会いした動物栄養学の元教授のオバサマが現れた。一人ではない、もう一人のご年配のご婦人も一緒の計二人だ。聞けば、同居されてるお姉様とのことで、人見知りをするタイプだから、あまり気にしないでくれと言われた。気にしないでと言う割には、お姉様は、まるで珍獣を観察するがごとくボクのことをジ〜ッと見ている。で、何も言わない。無言。そして二人は、けっこうな量のブレクファストを食べた。そして、ホテルのスタッフたちが、何かと言えばミスタ・ボンドと言うのを聞く度にマユをひそめた。無論、二人の朝食代はこっち持ちだ。

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写真は、このお二方のお住まいである可愛い小ぶりな家で、犬は教授の愛犬のボーダーコリー系の雑種のティッピである。そういえば、ヒッチコックの「鳥」の主演女優がティッピ・ヘドレンとかいったっけ。あのティッピだ、たぶん。てことはメスだ。

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そうして朝食を終えてホテルを出ると、道の反対側にあるオークランド大学の敷地内に入り、すでに来て用意を済ませていたとおぼしき小さな講義室に入った。講義の初日開始である。最初は雑談ではじまり、スミレがわが家に来てから今日までの様子、これまで与えてきたドライフード、そしてその後のホームメイドの食事内容のヒアリングが行なわれた。それはいいのだが、気になるのは先生のお姉様である。2卓しかない学生用の席のとなりに座り、とにかく横を向いたまま、ジッとボクのことを見つめるのだ。どうしたものかと先生に目で訴えると、気にしない、気にしない、の態度で応えるのみ。そうはいってもなあ、という状況で講義ははじまった。写真は、その講義室である。補習やきわめて専門的な分野の講義に使われるそうで、空いていれば、アカデミックな目的であればレンタル可能なのだそうだ。窓とデスクの上の花は、先生持参で、しっかりとレシートをもってこられて精算させられたものだ。

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話をドンと先に進めると、そこから先は、まるでジェットコースターに乗っているがごとくの世界となった。ヒアリングの後、フムフムといいつつ先生は、ホワイトボードにササっと、しかし正確に犬の胴体部分と内蔵の解説図を描いた。それを見ているあいだは、さしずめ急坂を上るあの一時みたいなものだった。そうして、つかの間の平穏が訪れる。横を向くと、あまり表情のないお姉様に笑顔をが浮かんだように見えた。そして、ホレ、前を見ろとアゴで示され、そうしたとたん、もう息を継ぐ間もないくらいの落下状態となったのだった。

先生は、機関銃のようにしゃべり、専門用語が出て思わずこちらがキョトンとすると、早く調べなさいと昨日購入した辞書やら専門書のほうをアゴで示す。スグにみつけられないとドヤされる。ドヤされると同時に無表情なお姉様には「早くしろ」とばかりにイスの足を蹴られる。調べてメモしなければならない専門用語がひとつならまだしも、3つ4つとなると、え〜とナンダッケか、となる。そうして前を向くと先生の顔がデスクの前にあり「いつまでやってるの?」と目で問うてくる。横からは、カツンカツンとイスが蹴られる。ボンド危機一髪どころの騒ぎではない。パニクる、テンパる系の言葉が総動員の状態である。

そうして午前中が終わり、お昼となったときには、ボクはすでに十分に疲労困憊していた。明日も、明後日もこれなのかと思うと、気が重くなった。とはいえ、これだけ久々に勉強したのか、させられたのかはともかく、知識を身につける機会をもったのは久々で、その意味では、いつもとは別な筋肉を酷使させられるスポーツをしたような気分でもあった。そして、二人のご婦人の後をトボトボと追いながら、再びホテルに戻り、ランチとなったのだが、その際に記念撮影をと言ったら、驚くような勢いで拒否された。そういう身だしなみをしてこなかったからイヤの一点張りである。そして、このときだけお姉様は、しっかりとした口調で「No」と仰られた。

ホテルのダイニングルームでは、すでに広く知れ回っているボンド氏のご帰還となってニコニコ顔でスタッフたちが迎えてくれたが、意気軒昂なのは、先を行くご婦人たちだけで、ボクがげっそりしているのを見て、みな「?」という表情となった。そして誰も彼もが「Are you alright Mr. Bond?」と聞いてきた。ところで、下の写真は、ここだったらいいわよと言われたときに撮影した先生のお姿である。そして、先生の姉上である。となりにいるからドアップである。撮ろうとしているのはわかっていたはずだし、実際、怒られなかったし、である。

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先生である。ミズ・クルックシャンクと仰る。Ph.Dと名刺にあるから、立派な博士でらっしゃる。「あのバラは可憐でいいわねえ」と仰るので、「ああ、あのアイスバーグですか」と答えたら、唯一知っていたその手の白いバラとドンズバであったらしく、ちょっと見直した風の視線で見られた。けど、そんなことは講義中は、伊一切関係なかったもんね。
下は、お姉様で、こちらもPh.DのほかにもMがつく別な肩書きが着いていた。あとになってわかるのだが、彼女は先生のお姉様ではなかったののだった。

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昼食後も、ジェットコースター・ライドの状態が延々と続いた。そして先生の腕時計が3時の鐘を鳴らすと(チリチリチリと可愛い音で鳴った)、お茶の時間となった。もう、ボクはぜえぜえと息をしている状態で、思わず口を大きく開けて、ありったけの酸素を吸収しようと上を向き、そしてそのままの状態で前を向いた。そしたら、先生のお姉様が、ボクのアゴをつかんで自分の方に向かせ、どこからか取り出したチョコレートを口の中に入れてくれた。ボクは芸を仕込まれているアシカか。もののついでにもっと寄越せとウォン、ウォンと鳴いたら、ニコニコして喜んでまたくれた。

甘さは疲労に効く。それを実感して謝意の会釈をしたら、アゴの下と頭、そして両耳をワサワサとなでられた。犬なのかボクは?  この芸を終えた後のアシカというか、コマンド通りにした犬へのご褒美のようなふるまいは、その後、疲れて糖分が必要と感じる度、横を向くと自動的に実行、つまりが、お姉様が、なにかしらを口に入れてくれるまでになった。ボンド轟沈である。

そうして20分ほどの休憩をはさみ、講義は5時頃まで、正確には先生の時計がコオロギの鳴き声のような鐘の音を鳴らすまで続いた。ボクはといえば、一日中ジェットコースターに乗っていたがごとくの疲労困憊状態である。今日の復習をするだけでも大変そうだ。それどころか、予習もしなくてはならないのだ。ああこりゃ大変だと思って呆然としていると、教室の灯がついたり消えたりしている。なんだナンダと思って見れば、先生とお姉様は帰宅準備完了で、早く帰る準備をしてドアを開けろ、とのことだった。レディファーストのお国では、ドアが開けられるのを平気で待たれてしまうのだ。

かくして初日を終了したボクは、お二人をタクシーに乗せ(このときもドアを開け、閉めるのはボクの役割だ)、お帰りなさいミスタ・ボンドの声を背中で受け止めつつ、自室へと向かった。そしてルームサービスでサンドイッチとコーヒーを多めに注文すると、さっそく復習と予習にとりかかった。そして、目が覚めたのは、モーニングコールのベルによってで、そのときのボクは、ウェブスターの辞書の開いたページに顔をうずめ、その谷底にたまったよだれの川の中に鼻を突っ込んだ状態だった。

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最後のオマケの写真は、そんなとうちゃんの苦労も知らずに寝入るスミレである。この頃は、相当に回復しつつあったが、散歩の途中で急に座り込み、そして伏せの態勢となって横になるという、サボタージュ的なふるまいをまだしていた。スミレは、それを横断歩道や交差点の真ん中等、あらゆるところでやらかし、こちらを困らせてくれた。単なる悪ふざけではなく、まだ万全ではなく、途中での休みが必要だったのだ。

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ここが本社サイト(上)からは伺うことのできなかった、MI6の本部ならぬ、ブッチ・ペットフーズの本社(下)だ。広大な工場は、撮影している道路をはさんだ向かい側にある。ちなみに、同社の保有する本社と工場を含む地所の広さは、いわゆる東京ドーム4個分だ。敷地でね。

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さて、駐車場で音もなくクルマから降り、するりとテキの本部に入り込んだからには、ここらあたりから007のオープニングの音楽が流れるところだ。ところが、そんなBGMの前に受付でスクの電話が鳴った。それに出たとたん、やあボンド君、よく来たね、とかなんとか余裕をブチかました悪党の声がしてくるのが相場だ。しかし、なんとまあ聞こえてきたのは妙齢の女性の声だった。そして、ボクらしくもなく、ア・オ・イ・ウ・エとワケのわからん言葉が出てきてしまったのだった。すると、女性のほうから話しはじめたではないか。

「あらごめんなさい、私はロレイン、あなたはミスタ......」

「Kと呼んでください」

「ではK、そこにいるのは私の息子のジェフなの、あとは彼がすべてを承知しているから、彼と話をしてちょうだい」

「は、はあ、で、これからどうすれば良いのでしょうか」

「ジェフが万事心得ていますから、彼に聞いてね。では近々お会いしましょう」

アッケラカンとしたやりとりに肩すかしを食らったような表情で受話器をジェフに返すと、彼は言った。

「ドン・キホーテっていうのは、なかなかの表現だろう?」

「それは...たぶんボクノことなんだろうな」と自分を指差すと、

「そう、お前さんのことだよ。お袋は、まずはK、君がどういう世界に首を突っ込んだのか、いや突っ込もうとしているのかを知ってもらえと言っていた。だからそうする」

「ソースルって、なにをどうするのか知りたいなあ」

「君は運がいいぞ、今日は人と会う予定もないから、まずはドライブしながら、いろいろと見てもらい、それから人に会ってもらう。ところで帰国予定はいつなんだい?」

6日後の便だと答えると、それはちょうどいい、まるまる4日間は確保できるってワケだなと言って、また数ヶ所に電話を入れた。その間、お茶を飲んで待っていろという。それ以外のことは何も言わない。向こうは勝手に携帯で話をしている。もう出たとこ勝負。気分は、もうジェームス・ボンドである。ストーリー的にいえば、敵の本部に単身乗り込んだ007が余裕をぶちかますフリをしつつ、お茶でもてなしてもらう、てなところだ。とにかく冷静に、である。ボンドガールが登場すれば御の字だが、そんなことが起きそうな気配は、まるでない。

そんなことをつらつらと考えていたら、ホントにボンドガールが現れた。まあ彼女をそう呼んでいいのかはともかくとして、要はお茶、ティーを持ってきてくれたのだ。いまのダニエル・クレイグがボンドになってからのハードボイルド路線の007シリーズになる前、お茶を入れてくれたりする秘書さんと言えば、ミズ・マネーペニーだったが、あれは上司であるMの秘書さんだったっけ。となると、ジェフはMで、マグカップにお茶を入れてもってきてくれた彼女は、マネーペニー女史で収まる。ウン、そのほうが気が楽だ。敵の本部に忍び込んで捕まっているよりは、よほどいい状況だ。ボクはこれからミズ.マネペニーのいれてくれたティーを飲みつつ、Mからレクチャーを受けると言うところだ。

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ボクが勝手にそう呼んでいるミズ・マネーペニーは古い007作品を見ている方なら先刻ご承知のキャラクターだ。ブッチのマネーペニー嬢は、工場の品質管理および製品開発の要職にある笑顔の素敵なレディだ。日本人がお茶を入れるのが上手なように、英国連邦の人たちは、お茶を入れるのがうまい。たとえティーグでも、味がワンランク上に感じられるのはなぜなんだろう。

そんなことをつらつらと思いながらジェフのほうを見ると、電話の話し相手に身振り手振りで、そこをナントカカントカとお願いしている感じである。何を話しているのだろうか。聞いていると、5日間? そんな時間はないので、そこを4日でナントカ、じゃあ、こうしよう、4日間で、必要となったら翌日の午前中を補習に使おうとかカントカ。そして相手の言うことに耳を貸してしばしだまって聞いた後、わかったわかった、決めるのはそちらで、あとはムチでもスリッパでもなんでもいいから、それでひっぱたくなりして仕込んでくれれば...。と、どうやら妥協点が見つかったようで、ファイン! つまりが、結構! ということで話はついたらしかった。

ムチとかスリッパとなると、想像がつく。なんとなれば、ボクは子供時代を父親の仕事のカンケーで、英国で過ごしたことがあり、学校で悪さをしたりしてそれがバレたり、なにか教師の不興を買うことをすると、校長室で、校長先生直々にお尻を、罪状によってスリッパか乗馬用のムチでペンペンされるのである。スリッパなどと思ってあなどることなかれ。英国の職人謹製のそれは、皮底で、手首のスナップが効けば、相当に痛いのだ。ムチとなったら、あなた。ホームストレッチの先頭馬の気持ちがわかろうというものだ。まあ、馬は超のつく興奮状態にあるわけだけど、こちとらはちがうのだ。

ハァ〜ッと一息ついたジェフは、こちらのほうを向いて、またニヤニヤしている。なんだか、興味深くはあるけれど、イヤな予感がする。

「これからドンと呼んでいいか?」

「いや、Kのままでいいよ。なんだったらジェイムスでもいい」 そう言って、そのときの気分を率直に伝えた所、またも彼はやゲラゲラと笑った。

 

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創業者のロビー家の次男坊にしてNZ国内のセールス以外の全般を担当するジェフ・ロビー氏がこの方だ。まあゲラゲラとよく笑うが、しかし芯のしっかりとしたビジネスマンである。お茶目なのは、英国系ならではだが、仕事ができないと相手にしてくれない。そんなタイプのヤリ手だ。

「まあ、お前さんの考えていることから、当たらずとも遠からず、というところだな。コトはこうだ。K、これから、われわれはスーパーとかペットショップを見てまわる。ブッチがどのように消費者に受け止められ、売られているかを見てもらう。そして、その後で人に会ってもらう。そこからわれわれは、手を引く。君が、その人のオメガネにかなえば、明日から君は、普通では受ける、というかブッキングすることすら大変な、まあ、なんだな、授業というか、特別講習を受けてもらう。」

「そのスリッパやらムチというのは、憶えが悪い生徒にはそうしてもよいということで、その生徒ってのは...」と自分を指差した。ジェフはまたニヤニヤしながらうなずき、続けた。「どこをどう見渡してもお前さんしかいないだろう。でもな、断れないぜ、もう決めちゃったんだから。お袋の言いつけだからな。断れないんだよ、ジェイムス。君がそのマダムのオガネにかない、でもって特別講習というか訓練というか、007なら訓練でいいか、そいつを受けて合格しないと、うちの商品をどうのこうのしたいという話は聞けない、とまあ、そういうことになったんだな」

だな、ってったって...。でもアタマの上に雲が浮かび、スミレが登場した。スミレの口から出ている吹き出しには「父ちゃん、頼むよ」とあるのが読める。スミレは、うら若きメスだから、まあ、ボンドガールというかボンド犬だ。しかもボクにとっては、最愛の娘も同然だ。そっか、なら受けて立とうじゃないか、やったろうじゃないかと思い、ジェフに了解のサインで、握手をした。

その後は、ジェフご自慢の型遅れだが、一見して大切にされているのがよくわかる黒塗りのジャギュア(ジャガーではない、ジャギュアだ)に乗って、ブッチが販売されている肉屋やスーパー、そしてペット店巡りをし、そしてある古めの、しかし上品な家を訪れた。ところで、車中のジェフはというと、クラシックロック専門のFM局をけっこうな音量で鳴らし、好きな曲が流れるとノリノリの状態となった。そして、訪問先に向かう際は、その音量をやや下げて、こう切り出した。流れているのはZZトップの「レッグス」だ。

「知らないことを言われたとき、それはまだ食ったことがない、と答えるジョークは、日本にもあるか?」

「あるよ、まったく同じのがね」

「そうか。じゃあまずはルールの1番目、その手のことは、明日からの三日間、絶対に口にするな。したらスリッパかムチでが飛んでくると思え。ムチだと痛ぇぞ。おばちゃん、テニスの猛者だったから、ホントに痛い。効くよ、あれは」

「ちょっと待ってくれ、効くよって、いまから会う人にムチで打たれたことがお前さんにはあるっていうのか? おばちゃん? もっとちゃんと説明してくれないか」

「ああ、最後は13くらいのときだったな。走って逃げたのにつかまって一発ケツにヤラれた。まあ、そうされるだけのイタズラをしたから、それは仕方がないと、でも...」

「でも?」

「いまでは、年を食って、こらえ性がないから、聞くとことによると最近では、態度の悪い宅配便業者に怒ってムチを出したこともあるらしい...」

「.........」

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諸君、英国の義務教育家庭で、少なくともボクがいた時代では、学校でそれなりの悪さをすると、ムチ打ちによる体罰があるのが当たり前だった。やらかしたことの代償として、痛みをもって支払うのは、経済力のないガキにとってはうってつけだとオクは思う。ただ、日本には、そこいらへんをしっかりと見極められるだけの了見と勇気のある校長なり強等がいないだけの話だ。左は、ムチといえばこれという、乗馬用のそれだ。そして、たいていの場合は、右の革製のスリッパの出番となる。量とも痛いぞ。

「彼女は、マッセイ大学で動物栄養学と行動心理学を教えていた教授というか博士で、いまは現役を引退しているけれど、たまに講師で呼ばれて教えることもあるみたいだな。で、そのときにデスクの上にコーラの缶を置いてた学生がいたんで、その缶をムチで飛ばして、そんでもって学生の鼻の穴にムチの先をねじこもうとしたらしいんだな。なかなか面白いだろう」

「面白いか? ボクはあまり面白くはないな。それより、それでどうやってその講習だか訓練に合格したかしなかったかがわかるんだ?」

「彼女がお袋に電話して伝える。それで、お袋はオレに、そしてオレが君、ジェイムスに伝えると。君の例の妄想的な考えで言ってみれば、お袋が女王様で、いまから行く先生は、そうだな、MI6の教官だ。で、オレはというと...」

「Mだ。そしてさっきお茶を持ってきてくれたのが、ミズ・マネーペニーだ」

「おお、そいつはイイや、その勢いでジェイムス、がんばってくれよ。日本でブッチを輸入販売することができるかできないかは、君の双肩にかかっているワケさ。ミスタ・ボンド、understood ?」

またもや頭上にスミレの「父ちゃん頑張れ」の絵が出てきた。わかった、父ちゃんは、スミレノために頑張るよ。まあ、とって食われることはないだろうし、ダメだったら、父ちゃん、スミレにホームメイドのうまいメシを毎回作ってやるから。そう思いつつ、魔女の館に到着した。いまでこそ魔女と言っているが、そのときは、至極まっとうな、ちょっとお年を召されたご夫人くらいにしか見えなかった。そして、お茶を飲みつつ、いろいろな話をし、それでは、明日から、宿泊先のホテルの真ん前にある、オークランド大学の個人講義室のどこそこにいらっしゃいとなったのだった。オメガネもなにも、すでにそう決まっていたのである。面談は、万が一のことを考えての面接というか、顔合わせにすぎなかったにだった。

そして、その館を去る際、おばさまは、こう宣うた。 「ジェフ、このドンさんは、まあまあ言葉はできるけど、専門用語があるから、ホテルに送る前にボーダーズ(大きな書店だ)に寄って、ウェブスター(英語界の広辞苑だ)と、アニマル・ニュートリション・ナントカ(動物栄養学の本のようだ)とカントカ(なんだかわからないが、たぶん分厚そうな本だ)とかを一式を揃えておくようにしてね。」  とうとうジェイムスは、ドンさんになってしまったよ。そうしたら、なぜだかお袋の顔が頭に浮かんだ。「ドン・キホーテのドンだよ、おっかさん...」

ジェフに連れて行かれた紀伊国屋書店みたいなボーダーズでは、邦貨にして大枚4万ナンボかが飛んでいった。ウェブスターなぞは、ホントに広辞苑のようで重い。そして、翌日から、ボクは、頭の毛穴という毛穴から蒸気を吹き出すくらいに脳を加熱、というか刺激され、初日から手の甲をムチでペンではなくビシッとされることになるのだが、無論、そのときに、そのようなことになるとは夢にも思っていなかった。そしてたぶんジェフのおかげだろう、ホテルでは、ボクはすでにミスタ・ボンドとで呼ばれるようになっていた。

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「父ちゃんお願い、頑張って」と頭上に登場したときのスミレの姿がこれだ。このように、マクラをしてやらないとツラそうな時期があったのだ。省エネ・モードが、まだかすかにぶり返すときがあって、そういうときは枕をしてあげると楽そうにしていた。父ちゃんはボンドになったり、ラ・マンチャの男になったりしていたときである。

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久々にとてもうれしそうな笑顔を見せてくれたスミレ。飼い主としては、うれしいかぎりだ。さて、とりあえず輸入する手だてというか、ノウハウはわかった。それもこれも、まるでコメディのような出来事の数々と農水省動物検疫所のきわめてプロフェッショナルな、そしてナイスな対応のおかげである。

世の中には、いろいろな人たちがいて、日本語を話しているのはたしかなのに、会話がかみ合ない、通じない、ということがままある。でも、お役所の仕事にかぎっていえば、対応のよしあしはあれども、内容のほうは、いたってプロのそれである。

あとは入手先をどうにか確保すれば問題は解決、晴れてスミレやお仲間さんたちへブッチを届けることができる。それがかなわないことには、ホームメイドを続けるしか策はない。とはいえ、それも大変である。吊るしのドライフードで楽をしてきたツケと言えばそれまでだが、主婦でもないので常にホームメイドで対応できる保証はない。第一、イヌに関する栄養学の知識となると、ネットで知り得た情報しかなく、それはそれで参考にはなるけれど、系統だったものではないので、はたしてそれでいいのかという不安が残る。スミレの体調もあったので、その当時は、とにもかくにも不安感のかたまりだったのだ。

そこにバランスド・ミールとしては、これまでにないブッチを発見し、それをスミレと共に文字通り、食体験を共にしたのだ。そこまでする奴はまあいないという声はさておき、ここでバックにギアを入れることはできないし、したくない。あのNZの大地で元気に羊たちを追い、公園で散歩したり走っている犬たちと同じ食事をスミレに与えたい。その気持ちを再確認し、お仲間さんたちからの同意を得ると、ボクは、右代表して再びNZへと飛んだ。ブッチの入手先を探し、輸入するにあたって必要不可欠な安全証明なる書類を入手する手だてを探るためだ。それがどうにかなり、また手持ちで持って帰ることができれば、それはそれで御の字である。

そうしてNZのオークランドへと飛んだのだが、やはり、こちらの求めるような数量となるとスーパー等の小売で購入するしかないことがわかった。日本でいうところのハローページを開き、ドッグフード卸、みたいな業者を探しては片っ端から電話をかけて聞いてみたが、ブッチじゃないのならあるよ、ブッチは取り扱ってないけど類似品はあるよとの回答ばかりで、ところでどれくらい必要なのかと逆に問われ、素直に答えると、せせら笑われて切られるか、丁寧ながらも、それなら小売店に行けと言われた。

しかし、どこも判で押したようにブッチはない、というのはオカシイ。そこで先ほどかけた同じ業者に再度電話を入れ、声を変え、思い切りNZ人になりきって聞いてみた。ブッチは、直売しかしていないんだっけ、と。すると、そうだよ、あそこは小売店との直接取引しかしてないから、他社の製品しか手に入らないよ、ときた。やはりそうだったのか。ブッチは、販売店であるディーラーと直接取引しかしていないのだ。となると、肝心の安全証明書はどうなるのか。ブッチ社しか発行できないものなのか。それとも役所でに行けば誰でも入手できるのか。

そこでボクは、NZの輸出税関、あるいは検疫関連とおぼしき窓口に片っ端から電話を入れた。ところで、話はちょいと横にそれるが、さすが英国連邦の一員のNZである。お役所仕事は、英国本国並みの対応で、これを身をもって知ると日本は天国のように思えてくる。そうして丸一日かかって判明したのは、目的の書類は、NZ産の製品が輸出通関される際、その製造元もしくは輸出元からの要請によって発行されるもので、シロウトさんの出る幕はない、ほしくても、部外者には、おいそれとは入手できないということだった。私が輸出元です、安全証明をくださいな、と言ってもそうは問屋が卸さないのである。

さてどうしたものか。ハードルの先にまたハードルがあった。でも、その先には、もうなさそうな気配ではあるような気もする。根拠はない。ただ、そういう気がするのだ。とはいえ、だからとって定期的な、安定したブッチの供給を考えると、どうやらこれだけでは終わらなさそうだとも思った。なんとなれば、スーパーなり、大手の小売店でこちらの要請に応じて買付け、それを送付してくれる人なり、業者なりの当てもまだないからだ。そうだそうだ、それもどうにかしなくては。

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卸しはしないで直売のみ、とくれば、本社に掛け合うしかない。ウ〜ン、とちょいと弱気になったボクだが、そこはそれ、裏口と言うか正面玄関ではない勝手口から伺う手だてはあった。でも聞くところによると、大手中堅の商社が番号札もって並んでると言う話だしなあ。とまあ悩んでいても仕方ないのだ。

ということで、またもや日本NZ友好ナンタラとか、NZ製品の個人輸入向け買付けサービスをオファーしているカンタラといったところを探し出しては、電話をかけ、はたしてこちらが望むような形でブッチを送付してくれるところはないかと調べた。結論を先に言えば、あった。でも、それらのサービスは、予想外の手数料がかかり、ブッチの価格は、そら恐ろしいほどハネ上がること間違いなし、ということだけがハッキリとした。オネダンがどうのこうのの問題ではないのだが、やはりコストは重要で、それで人間の方が力つきては意味がないのだ。

そんなこんなで、ちょいと弱気になったボクは、無料の国際電話であるネット経由のスカイプを通じ、故国のお仲間さんたちに相談した。これはどうたものかと。そうしたら呆気ないほどの返答をされた。 「じゃあ、あとはブッチに直接かけあうしかないじゃないですか。大丈夫、あなただったらデキる。その気になれば、ドーニカナル。あ、いま出前が届いたので、また」とそう言って切られた。なんだか ポツンと取り残された感が否めないでもないが、言われてみればそうである。もしブッチ社が受けてくれれば、安全証明の問題もすべて一挙にクリアできるではないか。そうだ、そうだ。

ということで、翌日の朝、ボクはブッチ、正式にはブッチ・ペット・フーズ社に電話を入れ、日本に輸入したいのだがムニャムニャと申し入れた。とりあえずの希望は少量だが、いずれはきちんとどうにかしたいのだが、アリャコリャと、日本人十八番の得意技である、あいまい攻撃で出て、先方がどうくるかを待った。そうしたら呆気ないことに、来社可能ならされたしと返答された。そうくれば、もうあとは出たとこ勝負である。うちは機能で勝負する会社だと、ファッショナブルな世界への挑戦を避ける某メーカーを口説いて背中を押し出したこともあるのだ。失うものは...、あるな...。ブッチが入手できないというのはコマルな。でも、こうなったらやってみるしかないのだ。

そうしてブッチ社を来訪すると、お話しを伺いましょう、ということとなった。もうこうなったら正直に話すしかない。ということで、先方を訪れることとなった経緯を最初からすべて話した。そうしたら、先方はこちらをジッと見つめたあと、ゲラゲラゲラと笑った。そして、いや失礼、失礼と言いつつ、ん〜と考えはじめた。そうして数秒後、対応してくれた担当者は、電話をかけつつ、デスクから名刺をとり出してよこした。なんと、対応してくれたのは、ブッチ社の創業家の一員でもある若き専務さんだった。

彼は、相手先が電話に出るやなんだかんだと話し、受話器をボクのほうに差し出した。ん? いったいなんだろうと思いつつ出ると、先方にこう言われた。
「あなたが、日本からやってきたドン・キホーテさん? お話は、私が伺いましょう。で、時間がとれるのなら、必要な知識が身に付くように私のほうで手配をして差し上げましょう。それがいいわ、そうしましょう」

電話の向こう側にいたのは、いまも夫と共にブッチ社を保有する、専務氏のお母様だった。とはいえ、彼女がブッチ社の創立者でもあるご主人との共同オーナーである、なんてことはそのときはまだ知る由もない。はあ? いったいコレハナンナンダ。そう感じつつ、専務のほうを見ると、ニタニタと笑っているではないか。いったい何が起きようとしているのか。とはいえ、とりあえず門前払いを食らわないで済んだことだけはありがたいと心底思った。そしてボクは次に待ち受けているものが一体なんなのかと考えながら、受話器を持ち、ココロの中で身構えるしかなかった。お茶でも入れようか、という専務の問いにも、ウンとうなずくことしかできず、そしてなんだか腹痛がしてきたのだった。ここから先は、次回のお楽しみである。

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NZ最大の都市、オークランドの昼と夜である。都市としての規模は、吉祥寺といったところだろうか。その意味でいくらか小規模な、しかし機能的には十分な都市があちらこちらに点在しているそうだ。ちなみに首都はウェリントンだ。
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スミレは、ブッチを食すようになって、みるみるうちに体調を回復していった。健康を回復するにつれ、気のせいか、どんどんとオツムの黒さが薄くなり、顔だけ赤柴のようになってきた。そのため、可愛いミックスちゃんね、などと呼ばれること度々となり、その都度、奥さんはプンプンして帰宅するとその旨の報告をしてきた。が、スミレが確実に元気になってくれているので、そんなことはもう笑い話である。とりあえずは純粋な柴犬(のはず)なのだが、家族の一員となれば、そんなことはもうカンケーないのだ。

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信じてますよ、お父っつぁん、とばかりに余裕でオスマシのスミレである。この頃は、復調ぶりも目覚ましく、毎日ブッチをペロリと平らげていた。父ちゃんは、頑張るぜ。

スミレの体調回復への道程の話の先を行く前に、最初にブッチを入手し、しまいには正式に輸入するまでに至った経緯を振りかえってみよう。

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まず、考えながら走り、走りながら考えるタイプのボクは、格安航空券大手で知られる某社よりニュージーランド(以下、NZ)のオークランドとの往復航空券を入手した。そしてあらゆるNZ通を頼って調べたところ、目的のドッグフードは、大きなところ、たとえばスーパー等であれば、どこでも簡単に手に入ることがわかった。となると、次なる問題は、いかにしてそれを持ち帰るかである。なんとなれば、それは要冷蔵の品だからだ。自宅の冷蔵庫に入れるまでに傷んでしまっては意味がないのだ。

飛行機のバゲージが収まるカーゴエリアは、大した圧力調整もされず、また暖房がされているわけでもない。その証拠に、空港のバゲージクレームのコンベアに流れ出てくるスーツケースは、夏でもヒンヤリと冷えていることがある。地上何千メートルかは知らないが、気温の低いそのままのコンテナの中にあるのだろうから、その中のチルド製品もどうにかなるだろう。でもまあ、念には念を入れて、クーラーボックスに保冷剤を入れてからチェックインすればオーケーだろう、などとテキトーなボクはテキトーに考えていた。

そしてなんだかんだとしているうち、NZ最大の都市と言われるオークランドに到着し、ホテルのチェックインを済ませると、コンシェルジェに一番近くて大きなスーパーの場所を聞き、何はともあれ、そこへと急いだ。そしたらまあ、なんというかゴマンとあるのである。たとえるなら、大型の食品スーパーの冷凍食品売場みたいな冷蔵ケースにズラリと目的のブッチや同業他社製のフードが並んでいるのだ。あったぁ...。と、一瞬、うれしい感激もあるにはあったが、それは実に呆気ないものとなった。こうなるとどれを買えばいいのか迷う。ブッチは、各方面から絶賛されているからともかくとして、ほかのもどんなものか見てみたいではないか。ブッチが巨人阪神なら、ヤクルト中日あたりも試してみたいと思うではないか。

こんなにあるとは思わなんだ

スーパーの店内案内係に聞いたら、肉売場の並びだと言うので、行ってみたら、これである。ビーフ、ポーク、ラム/マトン、チキンときて、このロール・フード売場が、ほかの精肉コーナーに負けない規模であったのだ。ついでに言うと、この後に特殊な、いわゆるジビエ系統の売場があった。鴨とか、そういうやつだ。さあ、どれを買えばいいのか。

写真のキャプションを補足すれば、製品は、上の写真以上にある。映っていない手前のほうにも同量くらい並んでいる。で、ドライは極めて少ない。この用冷蔵のチルド・ロール・フード売場の奥の棚に、幅1mくらいしか置いてなかった。しかしまあ、本物の肉ベースのフードがこれだけあるということは、牧草肥育された牛や羊、そして鶏肉がそれだけ安いからだろう。もうスゴイというほかない。試しにヒト用の牛肉売場を見てみたら、実に美味そうな、それ1枚でカップルならお腹いっぱいサイズの巨大なTボーンステーキのお値段が日本の高級女性月刊誌1冊分くらいなのだから恐れ入る。ちなみにTボーンは、T型の骨の片側がヒレで、反対側がロースという、ひとつで2種の美味しさを堪能できるご馳走だ。

ということで、気づけばボクは、店に置かれているメジャーどころのロール・フード(またはロール・ミートフードと彼の地では呼ばれている)をカートに満載し、レジの列に並んでいた。日本に帰る便が出るのは、3日後である。なんでまたといえば、それらの中身をすべて検分し、これはというものを実際に試食して判断したいと思ったからだ。で、ボクは、ホテルに帰るや否や、それを実行した。スーパーでは、ちゃんと大きめのゴミ袋とよく切れるナイフ、そして念のために塩と胡椒、紙皿と樹脂製のフォーク類といった各種用品も買い込んでおいた。でもって醤油も日本から持参していた。

しかしまあ、いろいろとあるものである。価格帯もピンキリで、それは実際に切って中身を見ても同様の感がある。スーパーのオリジナル・ブランドの廉価品は、値段は格安だがズッシリと重く、そして硬い。硬い? そう硬いのである。なぜなら、中身は肉よりも脂の方が多いので、それが硬いバターのように感じ、また重量感があるのだ。日本人が、サシの多く入った脂質の多い牛肉を好むとはいえ、こいつはそんなヒト様用ではないので、まったく歯が立たなかった。マズイ、のひとことである。それどころか、脂のかたまりも同然で食えたものじゃなかった。これは犬にとっても、とてもじゃないが健康的とはいえない代物と思えた。

スーパーオリジナルの超廉価版

これがスーパー・オリジナルPB(プライベートブランド)の廉価品だ。この手のロールフードには、ある程度の弾力があるのだが、こいつにはそれがない。冷凍させるまでもなく、こいつで思い切りブン殴れば凶器になると言っていいくらいの硬さである。それはまるで、冷蔵ケースのバターのようだ。つまりが肉よりも脂肪分のほうがはるかに多い、つうことやね。これでも力一杯押しているのだが、ビクともしないのだ。

かくしてホテルの一室で愛犬バカによるロール・ドッグフードの試食会がさびしくも行なわれた。とはいえ本人は本気である。そして結論を先に言うと、中身が表示されている原材料通りと思われたのは半分くらいで、値段の高いものであればあるほど脂質が少なく、しかし形状保持のためにいろいろと工夫されていることがわかった。中にはオーストラリア産の高級品もあったが、妙に脂質が多く感じられた。ということで、それはボツとなった。気分は、大企業の人事係の面接官みたいなもので、ハイお次の方、どれどれ味見をしてみよう、ウ〜ン、君は、ちょっと脂が強いねえ、ハイ次、みたいな感じだった。

そんなこんなで試食して行くうち、ヒトにとってわかりやすい、というか味わいやすいのは使用されている肉がチキン100%のもので、ブッチのそれがもっとも美味かった。ついでに買っておいたロールパンに、これまた万が一を考えて買っておいたマヨネーズとセロリを合わせてみたら、料理がてんでダメな、わが残念な姉のつくるサンドイッチよりも断然うまいと心底思った。パッケージを見てみると、塩分は0.3%以下とある。でもって、何もつけなくても、そこそこ食べられる。てことは、原材料というか素材がいい証左である。塩コショウをして、ジュレとかを添えたりして出せば、立派なヒト用の前菜の素材になると思ったくらいだ。

わざわざNZくんだりまできて、そんでもってドッグフードの試食にいそしんでいたところ、ドアがノックされた。出てみると、ベッドカバーを就寝しやすいように整えるためにやってきたメイドさんだった。彼女は、ベッドメイクはよろしいですかと聞きつつ、部屋の中をぐるりと見渡す。そこには、ありとあらゆるブランドのドッグフードが開けられていて、塩や胡椒(ちゃんとゴリゴリと挽くやつだ)、そしてマヨネーズのビンがテーブルの上に並んでいる。たぶん、ロールパンの袋も目に入っただろう。ああ、あとで自分でやるからいいですよと言って、ご苦労さんとチップを渡したら、目の前の光景を疑うような表情で見つつ、わかりました、と言って去っていった。いま考えれば、完全な変人として見られ、まちがいなく、見たままの旨が上司に報告されていたはずだ。

ドッグフード・パーティなのだ

NZ来訪最初の晩のディナーがドッグフードだったという日本人は、さしづめボクくらいしかいないだろう。だからどうしたと言われればそれまでだが。しかし、思いのほか悪いモノではなかったというのが正直なところだ。とはいえ、そのあとで市街地を散歩し、いい匂いがするなあと思ったら、なんと博多ラーメンの店だったので、そこで口直しをした次第だ.。

そうしていろいろな銘柄を試した結果、やはり残ったのはブッチのレーベル・シリーズだった。よく見れば、入手したすべてのフードは、大雑把に分けて4〜5社の製品で、レーベル・シリーズは、同社の最高級品だった。他社の高級品に比べても、中に含まれている肉のかたまりの大きさも違うし、カンケーないが、ヒト用としても塩コショウだけで十分にイケる。料理をする自分としては、工夫すれば前菜にも使えると本気で思ったし、それくらいのクォリティであることに驚かされた。と、気づけばお腹は一杯で、さすがに入国初日でドッグフードを腹一杯食べたバカな日本人は自分だけだろうと思いつつ、腹ごなしの散歩に出かけ、戻ると風呂に入って寝た。それでお腹を壊すこともなく、妙にのどが乾くようなこともなく、グースカ寝入って目覚めも爽快だったのだから、もう合格である。

合格だとか、またバカみたいなことを言っているなと思われるかもしれないが、それはちがう。まったく論理的ではないが、これならスミレにも安心して与えることができると思ったからだ。なんとなれば、ボクは、茶碗山盛り一杯のドライフードを味噌汁と一緒に食べたことがある。思えばバカなことをやったものだと思うが、そのときは、妙なのどの乾きが絶えることがなく、お腹はゴロゴロと鳴りだし、翌日の目覚めは最悪だった。胸焼けはするわ、翌日になっても気分はすぐれないと最悪の日を過ごし、同じ雑食動物として、ドライフードはもうこりごりだと心底思った。そして、そのことを後に友人に話したところ、渥美清の寅さんを見るオイチャンのごとき目で見られた。つまりが、相当に呆れられたことはたしかだ。

その後、ボクは、ホテルのメイドさんの誤解を解き、彼女を通じてキッチンのスーシェフ(副シェフ)を抱き込み、帰国する前日に買い込んだクーラーボックス一杯に詰め込まれたブッチ製品をホテルの食材用冷蔵庫内で一晩置いておいてもらうことに成功した(ちなみにNZ$30のチップを要した)。部屋で盛大なるドッグフード試食会を開いていた理由を話したら、メイドさんもドアマンも、そしてレストランのキッチンスタッフも同情してくれた。ボクは下戸で酒が飲めないので、寝る前にバーに行ったりすることもない。そんなこともあって、帰国前夜は、ホテルスタッフの休憩所で彼らとトランプをしたりして過ごした。

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メイドさんのフィリパ(フィリップの女性名だ)は、英国人で同じホテル・チェーン間の研修制度でNZはオークランドに来ていたところに、この妙なドッグフードを食べる日本人に遭遇した。しかし、この笑顔から見てもわかるとおり、彼女は素敵な女性で、ワケを話したら、ホテルの全従業員にコトの次第を説明してくれ、そのおかげで、ボクはホテルでずいぶんと居心地にいい時間を過ごすことができた。いま、彼女は故郷の英国はロンドンにいて、たまにメールでやりとりをしている。

いま思うに、あのときの光景は妙なものだったと思う。ドッグフードを食べていた気味の悪い妙な日本人の客は、実は愛犬思いのいい奴だということとなり、それじゃあ役に立ってやりたいなと、ホテルのスタッフが協力してくれるようになったのである。休憩所の中を通るスタッフは、みなボクを見るや怪訝な顔となる。すると、そのすぐそばにいるスタッフから「例の...」と話を聞き、「ああ彼がそうなんだ」という和らいだ表情になった。英国同様、NZも犬好きが多い、というか犬と暮らす文化のレベルが高いのである。とはいえ、そのときの光景は、まるで一編のコメディのようだった。

そうしてNZを離れ、成田に到着し、ブッチ製品も無事、冷え冷えの状態のまま、わが家の冷蔵庫に収まることとなった。...のだが、このとき、すべてが無事に、スムースにコトが運んだがために、あとあと、いろいろと知ることになるハメになるのだが、このときは、そうなることなぞ知る由もなかった。

眠るスミレ

飼主たるボクの奮闘努力も知らず、コンコンと眠るスミレ。このとき、彼女の具合の悪さの原因は、単にドライフードにあるのか、それとも特定のドライフードとの相性にあるものかは、わからなかった。しかし、それまで消費したドライフードの袋をすべて、きちんと折り畳んでとっておいたことで、その理由が後になってわかるのだった。実際、米国では、やい高級ブランドのドッグフード会社、大概にせいよ、との騒ぎに発展していたのだったのだが、そんなこともボクは知らなかったのだった。




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