
前回、ニュージーランド(以下、NZ)は農業立国であると書いた。これはまったくそのとおりの本当のことだ。NZは、それを誇れるだけの理由がある。まずは、厳しい検疫/防疫態勢が敷かれていることだ。宮崎で大騒ぎとなった口蹄疫、そして鳥インフルエンザといった家畜や家禽の伝染病だが、NZ(そしてオーストラリアも)は過去160年ほどのあいだ、ただの一度も発生させていない。それは、前述した厳格なうえにも厳格な検疫/防疫態勢にある。ボクは、ブッチ社のお世話になった方に日本から何かもってきてほしいかものがあるかと聞いたところ、あるメーカーの焼肉のタレを所望されたことがある。しかし、そのタレは、NZの入国の際、空港の税関吏の目に留まるところとなった。そしてその中にゴマが入っていることがわかると税関吏は、それが焙煎されているかどうか、要は発芽しない保証があるかどうかを聞いてきた。
焼肉のタレの中に入っているゴマが土に落ちたら発芽する可能性はあるのか? そんなこと、わかるワケがない。まあ、常識的に考えて、焙煎されているかどうかはともかく、発芽することはないとは思った。でも、その保証ができるかといえば、できっこない。先方が知りたいのはイエスかノーかなのだ。発芽しないならしないで、それは証明されなければならない。となれば、メーカーの証明書が必要となる。そのメーカーに聞く時間はないし、面倒事は避けたいので、そこはそれ、わかりません、と返すしかない。そうすると、その焼肉のタレのビンは、そのまま焼却廃棄処分との表示のあるコンテナの中へと消えて行くしかないのだ。
それくらいのことで驚いていてはイケナイ。そのとき、ボクのとなりで税関検査を受けていた日本人のオバサマは、娘さんがNZに留学中で、これから冬を迎えるにあたり、娘のためにと日本からセーターやらダウン・ジャケットやらを箱詰めにして持って来ていたのだが、それらが没収されそうな気配となっていた。それのどこに問題があるのか。それは、荷造りに使われた箱にあった。なんとその段ボール箱には、JAなるロゴがあり、ごていねいにも、2色刷りでカボチャの絵が大きく印刷されていたのである。つまりが、その段ボールには、日本の土、つまりが土壌と、それに含まれる何かが付着している可能性がある、ということだ。
オバサマが「英語はよう、しゃべりません」というので、ボクは通訳を買って出た。すると、税関吏は「箱をどのようにクリーニングしたのか、それを正確に思い出して正直に言ってください」と言った。で、オバサマは、その通りにした。そしたら、なんとまあ、それも箱ごと焼却廃棄処分のために没収されることとなった。ちゃんとアルコールで、そして逆性石鹸等で殺菌消毒したかと問われれば、「きっちりと拭きましたけど、そこまではしてまへん」と答えるしかない。あわれ、そのオバサマは「娘に全部、また買うてやらにゃいかんわぁ」と嘆いていた。でもこれにはオチがあって、そのオバサマは、空港の出迎えロビーに行くまでのあいだ、実はなんにもしていなかったと打ち明けたのだ。こういうことは人間の営みゆえ、ままある。ゆえに税関吏の判断は正しい。それを妙なヒューマニズムや性善説で片付けてしまう裁量を許してしまうと、農業立国の大黒柱に亀裂が入ることになりかねないからだ。
とまあ、それだけ検疫の厳しい農業立国NZにおける牧畜はかくやとなると、これがもう牧歌的のひとことなのである。なにせ人口が東京都の約1/3の450万人ほどで、そこに4,500万頭の羊に加え、国民とほぼ同数の牛がいるのだ。コケコッコーの数となると想像もつかない。海の資源も豊かだ。日本では見たことのない、表面がコバルトブルーのような青い色をしたアワビは、その見た目に反してめっぽう美味い。海沿いを行くと、山々の麓にある湾には、必ずと言っていいほど牡蠣棚があるのが見える。そして、スーパーに行くと、新鮮な魚介類がワンサカと売られている。煮付け向けの金目も塩焼きにしたらさぞかし美味かろうと思われる鯛もドテッと氷の上に鎮座しているのだ。

話を肉のほうに戻すと、ラムやマトンも日本では、あまり扱われていない部位がたくさん売られている。料理好きのボクとしては、ああ、あのラムの肩肉を持ち帰りたいと、何度スーパーの肉売場で思ったことか。塩コショウし、タマネギと共に焼くラムの肩ローストは絶品のうまさなのだ。食材の豊かさは、大都会東京に住む人間の度肝を抜くほどに幅広く、奥深い。飲食店の多彩さでも負けてはいない。さすが英国連邦である、香港系の中華料理はもとより、インド、パキスタン系の料理、日本やタイ、さらに中米、南米系と、よりどりみどり。大型スーパーで売られている食材の多さも圧巻だ。
先にも触れた牧歌的な牧畜風景だが、それについては、論より証拠の写真を見てもらうしかない。どこもかしこも、郊外に出たとたん、こんな感じである。でなければ、ロード・オブ・ザ・リングスや、ラスト・サムライのロケ地だったと言われれば、はあそうですかとしか言いようのない場所だらけなのだ。都市と田舎、文明と自然の絶妙なハーモニーの国、それがNZなのである。日本もあやかりたいところだが、それにはちょっと人口が多すぎると思われる。少子化、少子化と言うけれど、それもまた自然の摂理なのかもしれない。現代の日本人は、ヒトと自然の結びつき、あるいは自然に対する観念ともいうべきものを、はたしてどう認識しているのだろうか。街っ子のボクが考えるには、手に余ることだ。ただ言えるのは、戦後になって爆発的に増えた人口を当てにしての経済を、そのまま維持するのは無理があるとしか思えないということだ。
NZにいると、そのことをつくづくと考えさせられる。東京は、ものすごい大都市であり、人口の過密ぶりもすごい。大都市ならではの幅広い文化の多彩さもある。しかし、新幹線に乗って、たとえば東海道線で大阪へ行くとして、車窓からの風景を見ていると、それは大小の街の連続と言っても過言ではないである。そりゃあ富士山もそのふもとの自然も、浜名湖とかコンクリで土手が固められていない河川もあるにはある。けれど、NZの場合は、その都市なり、街と街のあいだが大自然一色となるのだ。それはもう人口密度とは無縁の話ではなく、そのものズバリのことではないかと思える。


ブッチは、そんなNZの大自然の中で、健康を害していくばかりの牧羊犬たちを助けるべくして生まれた。牧羊犬たちの体調不良の原因は、その食餌である生肉にあった。とはいえ、問題とは肉そのものではなく、彼の地にいるキツネたちが媒介する原虫感染症にあった。キツネたちが、牧羊犬の食餌となる肉に触れる機会があったことから、それが犬たちの間で感染していったのである。それを突き止めたイアン・ロビーという名の青年は、生肉ならではの栄養成分を活かしたまま、原虫を熱処理するノウハウを自力で開発し、その技術で製造したドッグフードでブッチ社の前身となる会社を興した。
イアンは、ロレインという娘と結婚し、子供を何人ももうけた。そしてブッチは地元周辺の羊農家で信頼され、その噂が伝わったことで、イアンは週末のオークランドで開かれる市場でも売場を持てるようにまでになる。しかし、好事魔多しのたとえにもあるように、とある週末、オークランドから一家が帰ると、工場とそれに隣接する家が全焼してしまうという惨事にも見舞われた。ロビー家は、着の身着のままの状態でオークランドへ移り住むことを余儀なくされたのだった。
そして創業以来、約半世紀、ブッチのドッグフード、そして同じコンセプトで製造された後発のキャットフードは、NZのどこでも入手できるほど、現地ではお馴染みの存在となった。なんとなれば、それは、ブッチがロール(ミート)・フードと呼ばれるペットフードのパイオニアであり、唯一、半世紀にも及ぶ歴史と実績による信頼を築いてきたからだ。いまでは、同業他社も参入し、類似する他社製品も多数あってスーパーのロール・フード売場には、ブッチ以外の製品も数多く売られている。
でも、どこの製品もブッチにはかなわない。なぜなら、ブッチには、前述した半世紀近くもの実績に裏打ちされた信頼の歴史があるからだ。ちなみに、このイアン青年とは、ボクのことをドン・キホーテのドンと呼んだジェフ・ロビーのお父っつぁんである。過日、イアンさんは、70の誕生日を迎えたが、いまも意気軒昂としていて元気である。そして最近買い込んだ、中古の三菱製の林業機械を駆使して牧草地や奥さんであるロレインたっての願いで、ラマ用の放牧地をフェンスで囲うなど、引退後も忙しくしている。ちなみにまだラマは飼われていないうえ、息子のジェフがそのことに大反対していると聞いている。

紆余曲折あって、ボクは、そんなブッチの輸入販売をすることとなった。そして、そうなるにあたり、いろいろな経験をし、得難い人たちとの縁をもつに至った。ボクは、そうなる運命をもたらせてくれた家内、愛犬のスミレ、そしてブッチを信じ、リピーターとなってくださっている動物好きの同志ともいうべき愛犬家、愛猫家のお客さんたち、そして業務に関わるすべての人たちに、あらためて感謝したいと思う。そしてNZという国のことを思い浮かべると、彼の地に移り住み、われここにありと、その存在を世界へ発信した挑戦者たちの魂を感じる。私事だが、そのことをあらためて強く思い起こす今日この頃である。なんちゃって。

















































